医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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高齢者の特徴に基づいた医療が行われるべきであることを繰り返し主張してきた。高齢者に特有の、例えば認知症など高齢者だけに認められる疾患も多い。薬に対する感受性も壮年期とは明らかに違う。解熱剤や抗不整脈薬は80歳以上の患者は通常の半量で充分効果が認められる。
わが国の高齢者医療は高齢者の特徴を踏まえておこなわれていないのではないかということを、日頃感じている。新薬の副作用による犠牲者が高齢者に集中してみられた。これも高齢者の特徴に対する医療関係者の無知が深く関係しているように思う。認知症や超高齢者の約50万人近くの人たちが胃ろう(PEG)をつけて、医療施設で生活することを余儀なくされている。高齢患者のPEGの適応についても十分議論されていないのではないだろうか。
超高齢社会に突入するわたしたちが備えなければならないことの一つとして、よき高齢者医療を構築することがあるであろう。その旗振りを浅学非才の身であるがやってみたい。色々日頃感じていることを提言しておきたい。
このシリーズを書くにあたって、表題を「質の高い高齢者医療」にするべきか「よき高齢者医療」にするべきか迷った。医療である以上、質が高いのは当り前である。ただ高齢者医療は質が高いだけでは不十分ではないか。よいというニュアンスが欠かせないと感じ、後者の表題を選択した。
まず医療である以上、高齢者医療がどこで教育されるべきかについて考えておかねばならない。一般の人たちは医師であれば、高齢者医療をどこかで学び、実地研修を経て高齢者を診ていると考えられであろう。しかし、私どもの年配の人間には全く馴染みのない領域で、現在でも高齢者医療の教育が十分行われているとは言えないと感じる。私が医学生であった頃も、老年科という診療科があって、何か学んだ気がするが、認知症一つを取り上げても専門的な教育を受けた記憶がない。
ただ日本には老年学を専門とする医師はかなりいるらしい。日本老年学会は毎年、年次学術集会を開催して、多くの人たちが研究成果を発表して、活発な議論が戦わされている。
学会の設立趣意は老年学会のホームぺージでみることが出来る。参考のためにその写しを以下に載せる。
「日本老年医学会は昭和34年11月7日(1959年)に第1回日本老年医学会総会が開催され、任意団体としての日本老年医学会が発足し、以来毎年1回学術集会を開催いたしております。平成7年3月9日(1995年)には文部省(現文部科学省)の設立許可により社団法人日本老年医学会が設立され今日に到っております。本学会は、成人病、老年病の領域における医療ならびに研究従事者、専門家からなり、成人老年医学に関する諸問題に総合的に関わって参りました。この間会員数も増大し、現在6,200人を数え、国内でも有数の学会に成長して参りました。現在の高齢化社会においては、高脂血症、高血圧症、糖尿病に伴う血管病変により生じる心臓、脳における虚血性疾患の医療、予防が医学的にも社会的にもさらに重要性を増してきています。本学術集会では、心疾患、脳血管病変の基礎にある血管病変、脂質代謝、糖尿病、老年医学、神経疾患等に関する専門研究者の研究成果の報告に加え、介護保険が2000年4月から開始されたことも視野に入れ、福祉と医療の連携をはかるようにしております。又、海外の研究者を可能な限り多数招聘し、高齢化社会における疾患の治療、病態解明及び、福祉の向上を目的とした先端的研究の成果が発表されます。
 日本老年医学会は老年医学に関する学理及びその応用の研究についての知識の普及、会員相互及び内外の関連学会との連携協力を行うことにより、老年医学の進歩を図り、もって我が国における学術文化の発展に寄与する事を目的とします。この目的を達成するために次の事業を行っています。
(1)学術集会などの開催
(2)学会誌、その他の出版物の刊行
(3)学会認定、指導医、教育施設の認定
(4)研究の奨励、研究業績の表彰
(5)内外の関連学術団体との連絡及び協力
(6)その他、目的を達成するために必要案事業」
この趣意書を読む限り、今さら小生のような名もなきチンピラが、高齢者医療を論ずる必要がないと感じる。老年学専門の学会があり、その学会の認定する専門医がいれば、わが国の老年医療は十分成熟しているというほかない。実際老年学を専門と称して、全国各地で講演している老年学専門医もいる。
では、わたしが日頃感じている、だぶだぶで、莫大な医療資源を投資している割には、成果を上げていないという現在の高齢者医療に対する印象は、独りよがりで老人の杞憂に過ぎないのであろうか。それはこれから指摘する問題点が妥当なものかどうかで判断してもらう他ない。
今回は高齢者医療を習得するための教育施設を取り上げてみたい。どの施設が学会認定の教育施設であるのかについて寡聞にして知らない。多分、最新の医療器具を揃えて、巷間いい病院と世評の高い、専門医が常勤している大学病院などが教育病院としてリストアップされているであろう。ただ大学病院や大病院に、多臓器の疾患を持っているが、入院加療の必要のない高齢者が押し寄せているとは思えない。大病院で愁訴もはっきりしないお爺さん、お婆さんを丁寧に診るには効率が悪すぎる。悲しいことだが大病院も多くの場合、一人一人の医師がどれだけの収入を上げているかを事務方が厳しくチェックしている。売上で年棒が決まるところすらある。病院というと、お金とは無縁な世界と信じたいが、もっと世知辛い現場である。評価の厳しいビジネスの現場とあまり違わない。
なにせ一般的に最も多い疾患の高齢者患者が集まるには、大病院は敷居が高すぎる。
現在最も高齢者患者を集中的に診られるところは、手前みそであるが老健施設ではないだろうか。認知症の中程度から重度までの患者、糖尿病腎症で人工透析を受けるほどではない糖尿病患者、脳卒中後遺症そして心筋梗塞後の患者そして天寿を全うされる看取りと、そのレパトリーは広い。年寄りを診るのは鬱陶しいなと感じても、仕事柄一日最低百人くらいの高齢者の患者を診なければならない。わたしのような面倒臭がりやでも、仕事場ではお爺さんお婆さんに愛想を振りまかねばならない。主治医が嫌われると病棟全体が落ち着かなくなる。退職後の小遣い稼ぎに来ているだけでは、献身的に介護に取り組んでいる若者に失礼である。
最初の提言は医学生、研修医の研修プログラムに老健施設での実地体験を入れるべきであるということである。若い時に、老健などで研修をしておくと視野の広い臨床医が誕生すると思う。老年医学会の出す「健康長寿診療ハンドブック」や拙著「症例から学ぶも高齢者疾患の特徴やその対応」を手元に置いて短期間でも実地研修をすれば、高邁な高齢者医療の在り方を論ずるのが得意になるより、実践に強い、そして高齢者医療はどうあるべきかのイメージをしっかり持つ優れた老年学専門医が出来上がると思う。
よき高齢者医療のための最初の提言は、高齢者医療の研修プログラムに老健での実習を入れるべきであるということである。
これからしばらく、よき高齢者医療のための色々な方面からの提言を書いていきたい。次は老年学会が認定する多くの老年学専門医がいるのに、なぜ老年学専門医という看板で開業している臨床医がほとんどいないかということを論じてみたい。

by rr4546 | 2012-01-31 16:54 | 医療関係 | Comments(0)
 アルツハイマー型認知症は、典型的な脳血管性認知症と違って、脳にアミロイドβが蓄積することをきっかけとして、徐々に脳神経原線維に変化を来し、引き続き脳神経細胞死が起こり、認知機能障害を発症するという長い経過を持つ疾患である。アミロイドβが蓄積し始めてから大凡20から30年年くらい経て、日常生活に支障をきたすと考えられている。従って65歳前に発症する若年性認知症を除いて、発症のピークは75歳くらいで、30代、40代ころから、アミロイド蛋白が脳に蓄積し始めると言われている。長い経過を経て発症するので、認知障害の出現する前に診断できるのではないか。臨床症状の出る前に、アルツハイマー型認知症と診断する試みを早期診断という。
 結論からいえば、世界中の研究者が早期発見の方法の確立のために奮闘しているが、この方法であれば早期にアルツハイマー型認知症と診断できるというおいしい話はない。
 今回早期発見に有用ではないかと言われている方法を、わたしの理解した範囲で紹介しておく。臨床現場で気楽に使えない高度の医療機器を使っての脳画像や脳機能検査や遺伝子レベルの検索で、早期診断の試みがなされている。どこでもおこなえるというわけではない。まだ研究レベルのニュアンスが強い感じがする。その上、物忘れがあり、10時10分が書けないとアルツハイマー型認知症と診断するくらいのアバウトの精度しかない。わたしの直感では、ここしばらくの間、信頼できる早期診断法は見つからないのではないかと思う。
 これはアミロイド蛋白の蓄積をきっかけとして、発症するが、その後どのようなメカニズムで脳細胞の死やシナップス障害が起こるのか、全くわかっていないからである。その上、アミロイド蛋白はごみみたいな蛋白で、健常の人でも加齢に従って脳に蓄積してくる。
1 画像診断:アミロイドPET(脳へのアミロイド蓄積を見る画像診断)やFDG-PET(脳の糖代謝を見る画像診断)は、現在一般的に行われているMRIによる脳の萎縮を見るより、早期の診断に有用と言われている。ただこの異常の有無でアルツハイマーと診断がつくわけでない。わが国でどの程度の施設でこの検査が行われているか知らない。後述するが、早期にアルツハイマーの可能性を見出しても、わたしたちは有効な早期治療薬を持たないので、何もしてあげられない。早期にコリンエステラーゼ阻害剤を投与すれば、進行を遅らせるというエビデンスは全くない。
ただMCIの患者で以下に述べるような異常があれば、実施してアルツハイマーに移行するリスクを知っておくのは、患者をfollowするためには有用かもしれない。
2 遺伝子検索:発症リスクを高める感受性遺伝子APOE4(ε4アレル)の検索。すべての人はε4アレル陰性、ヘテロ接合体、ホモ接合体のいずれかに分類される。ε4の数が多いほどアミロイドPETの陽性率は高い。ただε4遺伝子のない群も80歳以上になると大凡50%の人にアミロイドPET陽性が認められる。
3 バイオマーカー:脳脊髄液中のアミロイドβ42やタウの測定。アミロイド蛋白はアルツハイマーでは脳中に蓄積するために脳脊髄液中では低値となる。MCIからアルツハイマーに移行する群は、有意に低値であるという。
 アルツハイマー型認知症の早期診断と言えば、今述べたことくらいである。この組み合わせで、早期診断をしようと試みられている段階である。見落としをなくそうと精度を上げれば誤診を生むし、誤診を嫌えば信頼度が落ちる。ただHDS-Rで認知機能を調べたり、10時10分を書かせたり、うつ症状があれば認知症と診断している早期診断のレベルよりは高いかもしれない。
 認知症のリスクを早く知りたいと思う人は、今回の話を聞いてがっかりされたことであろう。ただわが国のように、認知機能検査や臨床的観察からアルツハイマーといともたやすく早期診断している試みとは似て非なる、科学的なアプローチが、世界中で試みられていることだけは知っておきたい。
 なぜアルツハイマーの早期診断がこれほどまでに声高に叫ばれているのであろうか。神経細胞死やシナップス障害が進行してから、元の状態に戻すことは不可能である。なるべく早期に予防や治療に介入をすれば発症を遅らせられるのではないかとの仮説のもとで、早期診断の可能性が探られているのである。
早期治療として試みられている薬
1.βセクレターゼ阻害薬:アミロイドβ前駆体蛋白質のN末端側を切断する酵素。アミロイド蛋白の産生抑制。
2.アミロイド蛋白抗体:アミロイドβのN末端認識抗体、アミロイドβの中間ドメイン抗体、アミロイドβ40のC末端抗体。蓄積したアミロイド蛋白の除去。
3.その他
 多くはアミロイド蛋白の蓄積を減少させることをターゲットとしている。一般的な医療機関では使用できない薬ばかりである。従って多くの患者は、早期診断を受けても早期治療が受けられない。ただ今までに劇的に臨床効果があったとの報告はないので、がっかりすることはない。動物実験ではアミロイド蛋白を除去しても認知障害が進むとの報告もある。早期診断も道半ばであるが、早期治療も、わたしの印象では老化を止めるのと同じくらい困難な作業のような気がする。認知症早期診断・治療のために多くの研究費を投入したが、結局臨床的に有用な成果が得られらないかもしれない状況は、ちょうど地震予知のために莫大な研究費を投入したが、実際的に役に立つ方法が見いだせない状況と似ていくような気がする。残念だが。

補遺
 厚労省の老健局のホームページ(認知症の診断・治療 http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/a03.html)に認知症の早期診断と早期治療の重要性がうたってある。
この啓蒙活動は素人の方の誤解を招く可能性があるので、削除するべきであるとのわたしのメールと、厚労省からの返信を、わが国の認知症対策が健全な方向に進むのを願って載せておく。

厚労省老健局認知症対策室御中
担当者様
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 厚労省のホームぺージに認知症の早期診断と早期治療の重要性が呼びかけてあります。専門医療機関では早期診断が可能ですか。もし可能であれば、具体的な方法の解説を載せるべきです。国民は、早期診断が可能だと誤った情報で右往左往しかねません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 認知症治療・研究に携わる専門医が、臨床的に役に立たないー認知症は長い病気で、ある一面だけを見ていて啓蒙的な講演はできませんー講演をしていては、プライマリーケア医はますます、混乱すると思います。小生老健で初期の認知症をデイケアで、重度の認知症を入所で見ています。認知症の診断と治療について、寮隆吉編著「症例から学ぶ高齢者医療とその対応」(金芳堂)の中で一章を割いて具体的に書きました。国の主導する認知症対策に役立つのではと思い、上梓と同時に厚労省老健局に2冊寄贈させていただきました。本が届いたとの返事や、感想などはもらっていませんが。
正しい認知症対策が国から出されるのを心から期待します。
寮 隆吉拝

厚労省からの返信
 この度は行政メールのご活用ありがとうございます。
 寮様の御指摘のとおり、認知症の診断は初期ほどむずかしく、高度な検査機器と熟練した技術を要する検査が必要であることから、厚生労働省におきましても、早期の「認知症専門医療機関」での確定診断を推奨するとともに、認知症の疑いがある方の早期の気づきと専門機関への受診誘導を推奨する目的から、かかりつけ医の方へ認知症対応力向上研修等の施策を実施しているところです。
 引き続き、認知症の疑いのある方の認知症専門医療機関への早期受診の推奨や適切な確定診断に基づいた適切なサービスの提供が行われるよう各種施策を実施して参りますので、ご理解を賜りますようよろしくお願いいたします。
         厚生労働省老健局高齢者支援課 認知症・虐待防止対策推進室
 厚労省の認知症対策に取り組んでいる官僚は、早期診断の意味をよく理解していないように思う。

by rr4546 | 2012-01-26 15:54 | 医療関係 | Comments(0)
 1月7日の菩提寺での「高齢者医療」についての講話は無事終わった。40名弱の門徒の方が聞いて下さった。新年会を兼ねているにせよ、新春でなにかと忙しい時に、小さな菩提寺にかなりの方が集われたのは、葬式仏教などと揶揄されているお寺も、現在でもまだまだある種のコミュニティーの役割を果たしているのであろう。京都には浄土宗、浄土真宗、臨済宗などの本山があるだけではなく、小さいお寺は数限りない。古くからわたしたちは信仰を大切にして生きてきた。
 それにしても、わたしの専門的な話を大凡1時間も静かに集中して聞いて下さったのには驚いた。高齢者医療について知りたい方が多いのであろう。年配の方が多かったが、舟を漕いでおられる方は皆無で、メモをとっておられる方も多かった。一回で聞くにはもったいない、何回かに分けて聞きたかったとかなりの人が言って下さったのは、講師冥利に尽きる。良い高齢者医療を作り上げるためにも、患者自身が多くの知識を持つことは重要である。医師に丸投げはよくない。
 認知症はまだまだ検査にせよ、治療にせよ、医療の対象にするには判らないことが多い疾患で、介護を充実させて対応することの重要性をお話しした。アリセプトの副作用が認知症の周辺症状(BPSD)の増悪と間違えられやすいこともお話しした。実際薬を飲んでおられる身内をお持ちの方は、患者の認知機能が改善していると主治医はいうが、患者のまだらぼけが一層はっきりして、家の中はテンヤワンヤですと嘆いておられる。特別の場合を除いて、老健などを利用すれば認知症の精神科入院は必要がないとの話に安心された方も多かった。
 高齢者の高血圧の治療は、血圧の動揺が激しく、心疾患、腎疾患そして脳血管障害などが合併していて、的確に治療するのは難しいという点も触れた。家庭で、最低一日に3回くらい血圧を測定することの大切さと、何度も測定して一番低い値を主治医に報告することをお話しした。高く出るのは精神的状態や身体的状態で容易に起こるが、低く出るのは下血とか迷走神経亢進とか特別なことがなければ起こらない。測定した中で低い血圧が自分の血圧と考えていい。高い血圧値を報告して、しっかりと治療してもらおうと思っておられる方の思い違いがとけたら嬉しい。高齢者はThe lower、the betterでないことを、症例を紹介しながら説明した。過剰降圧による、転倒・骨折、ボケの進行を少しでも減らせられたか。
 高齢者の糖尿病で、低血糖が起こるからといって砂糖を持って治療してもらっている人は、糖尿病の治療を見直してもらうよう説明した。インスリンを出すという同じ作用を持つ薬はなるべく併用しないで、作用機序の違う薬の組み合わせで治療してもらうことを勧めた。高齢者は薬の飲み忘れや、飲み過ぎをしがちである。わが国にはあらゆる作用機序の血糖降下剤があるので、高齢者は低血糖を起こす可能性の低い薬でなるべく治療を受けるよう説明した。
 高齢者は複数の疾患を抱えており、服薬する薬が多くなりがちである。服薬する薬が多いほど、薬の副作用で苦しむ可能性が高いこと、インクレチン薬や抗トロンビンによる新薬による死亡事故は高齢者に集中してみられたこと、高齢者は、10年以上臨床的に使われ、世界的に臨床効果が高く評価され、重篤な副作用がないことがわかっているジェネリック医薬品を利用する方が無難であることを指摘した。
 予定の時間に追われて、「高齢者医療講話メモ」で準備しておいたPEGの適応など、お話ししておきたかった話題に触れる時間がなくなってしまった。ただ元気な100歳を目指すのではなく、すべてのことに感謝できる魂を手に入れ、贈与の老年を送ることが、よき歳の取り方ではないのかということも舌足らずながら語らせていただいた。御住職さんも深く頷かれていた。
 講和後、ゼンザイをふるまわれ、またお話をと言って下さる方に囲まれ、高齢者医療の現況に日頃感じているうっ憤が少しは和らげられた。
 ただ2,3冊は拙著を買ってくださるのではと、自著を持参した。多くの方が手に取ってくださったが、難しそうですねと1冊も売れなかった。いつもだらしない、何をしているかわからない祖父の晴れ姿を見せたいと、孫たちを連れていったが「売れなかったね」と、気の毒そうな顔をされたのはこたえた。外食も一ランク下のレストランで済ますことになった。
 臨床医は、どういう戦略で高齢者の治療に当たっているかを、患者に説明する機会を積極的に作るべきであろう。すべて「俺の頭の中にある」と言っているだけでは、より良い高齢者医療は出来あがらないであろう。

by rr4546 | 2012-01-10 16:07 | 医療関係 | Comments(0)