医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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高血圧
 本日4月26日、大学の先輩で高血圧症の研究者として有名なK大学名誉教授で今は老健施設で働いておられるMM先生から「高齢者の高血圧は過剰治療が多い?」との別刷り論文を送っていただいた。論文の要旨は高血圧と診断された高齢者の半数の降圧薬を中止しても血圧の上昇を認めない。適正な投薬を行うことによって薬剤費を1/3にとどめることが可能であったというものであった。私も同じ経験をしている。
MM先生
 本日は思いも掛けず貴重な論文をお送りいただき恐縮しています。以前どこかで先生の今回の論文をお見かけして老健に務めて降圧薬服用患者の血圧を一日に3回測定していますが、かなりの症例で低血圧になっていて中止指導に大忙しです。Jカーブ現象に対する無知、後発医薬品の出ているACE阻害剤がCADの合併症も死亡率の低下も後から出たCa拮抗剤、ARBより同等かより優れていることに対する無知、超高齢者は脳・腎の血流低下があり過剰の降圧をすると死亡率が上がるとの報告(外国)の無視など、高齢者の高血圧治療の現場の荒廃は想像以上で吃驚しています。ともあれ現在日本でよく使われる高価な降圧薬より廉価で効果の同じ利尿剤やβブロッカーもほとんど使われていません。可笑しいですね。多分自宅ではもらった薬を飲んでいないので転倒事故や心血管系の合併症の出現、認知症の増悪の副作用が起こっていないのではと想像しています。
 糖尿病も70歳以上では糖尿病性合併症のない場合は、ビグアナイド単独ですべてコントロールできています。高齢者には低血糖を起こさないビグアナイドが最適だと思うのですが。アメリカやEU糖尿病学会は2型糖尿病のfirst choiceはビグアナイドですが、わが国では高価な薬が選択されて、ビグアナイドはほとんど使われていません。医療費を押し上げている一つの要因になっているように思います。
 そしてアルツハイマー型認知症の進行予防に効果があるとのアリセプトの過剰の投与。脳血管性認知症に対してもアルツハイマー型が合併している混合型との独断による診断でのアリセプトの投与。ボケているとアルツハイマーと診断しないでほぼ全例にアリセプトが投与されています。アリセプトによると思われる易怒性、介護拒否そして歩行障害などの副作用に対する無関心。私の実感では現在使われている症例の70~80%はアリセプトの適応がないか副作用があって中止すべきだと考えています。私の基準で中止すると全例で家族の方が喜ばれるほどお元気になられます。
 是非先生のような方が声を大にして望ましい高齢者医療の在り方について発言されるのを心から期待しています。

認知症
 認知症は地域ぐるみで取り組むべきだという国の方針に従って全国の認知症治療の地域連携システム構築に指導的立場で努力されておられる先生と話し合う機会があった。
 臨床の最前線にいると、現在のような状況で「認知症の治療における良い地域連携」が出来上がるかどうか心から心配しています。
 認知症を最初に診ることが期待されるPC医は外来でしか患者を見ませんので認知症の診断そして治療についてほとんど腕を磨く機会がありません。残念ですが認知症の臨床症状についてすら家人の方がはるかに詳しいのではないでしょうか。熱心な人は認知症の講演会で研修に務められますが、ご存じのように認知症の勉強会はアリセプトを販売する製薬会社が必ずサポートします。講師はアリセプトの早期投与、アリセプトの倍量投与ばかりを強調しますので、せっかく勉強会に行った先生方も認知症→アリセプトばかりが刷り込まれ、ボケの患者を診るとアルツハイマー型の認知症だけに適応であるアリセプトを鑑別もしないで投与することを学んで帰ってくるというのが実態のように感じます。
 アリセプトをうつ病に投与している例、MCIに投与している例、漫然と長期間効果判定もしないで投与している例、重度と診断する症状がないのに10mgと通常量の倍量を投与している例、歩行障害・不穏などアリセプトによる副作用と思われる例に投与している例とどうして効果判定の難しい、言葉を返していえば効果もはっきりしないしかし副作用が結構あるアリセプトがこれほどまでに投与されているのか私のようなものには理解不能です。
 熱心な先生は認知症の鑑別のために地域の基幹病院の神経内科に患者を紹介されます。幸い私の働いている地域には世間で評判の高い神経内科医が勤務する大病院が3つもあります。そこで詳細な認知能テストや画像診断が行われますが、先生もご存じのように初期の認知症の画像診断は必ずしも診断価値や精度は高くなく、結局は・・・・・の疑いという診断だけが出され、その情報は余り現場で活用されていません。
 そして認知症による行動並びに精神的な障害(BPSD)が出ると厄介払いのように精神科に紹介する。患者のたらいまわしの始まりです。しかも現在認知症の周辺症状の保険診療は認められていませんので、認知症とは別な病名のもとで向精神薬の投与が行われています。明らかに保険診療上の不正行為が行われています。このような認知症患者にとって不幸な状況を改善するためには早急に認知症に携わっている専門医達が知恵を絞って「認知症の診断ガイドライン」そして「認知症の治療ガイドライン」を作り上げて広く公開する必要があると考えますがいかがでしょうか。糖尿病や高血圧のようなポピュラーな病気には臨床的に意義のある診断・治療ガイドラインが出されて、一定の診断・治療の水準の維持が図られています。認知症患者はこれからますます増加していくと予測されています。治療体制がこのようであればいずれ色々な方面から厳しい批判が寄せられると思います。この状況をそのままにしておくのは認知症患者に対しても失礼であります。是非先生方のご努力で認知症患者が適切な治療が受けられるよう「認知症診断・治療のガイドライン」をお作りいただけるようお願い致します。参考のために専門家からみれば間違いだらけのものと自覚していますが小生の作った「認知症診断・治療の覚書」、一般臨床医には私の覚書が有用な認知症診断・治療のガイドラインになると自負しているのですが、をお送りいたします。・・・・・・・・・・・・・。
 
 高齢者が医療機関にお世話になるのは避けがたい。しかし高齢者に親しい疾患である高血圧も認知症も今回紹介したような、過剰であったり不適切であったりする治療が日常的に行われている。高齢者に身近な認知症のような疾患に関しても診断と治療のガイドライが出されていない。ガイドライがなくてもだれでも治療できるなら今のような荒廃した認知症治療現場を見ることがないであろう。認知症治療が荒廃しているのに、認知症治療によって莫大な利潤をあげている人たちがいる。認知症老人をターゲットにしたビジネスがあるのである。
 医療という美名に隠れて不当な利益を上げている人たちがいる可能性に目を塞いではならない。医療費をビジネスのために無制限に提供するシステムがあれば、良い方向に改善する努力を国民全部がするべきであろう。そうでないといびつな高齢社会が出来上がる。
続く
新しい治療薬は出るのかー2010年問題/b>
by rr4546 | 2010-04-26 16:54 | 医療関係 | Comments(0)
 現在日本の人口はおおよそ1億2700万人強、そのうち65歳以上の高齢者は2800万人を占めるので5人に一人が高齢者である。この高齢者率は今後ますます進んで2055年には国民の5人に二人が65歳以上の高齢者となると推計されている。総人口も減少する。それでも元気のいい人というか、能天気な人は純粋な大和民族?からなる国を子孫に残すことこそ自分の役目だと、半世紀も経たぬうちに高齢者が溢れることに目を塞いで大口を叩いている。どうやって食っていくかについて無頓着に意気軒昂だからやれやれである。高齢者同士が傷を舐めあっているような社会をだれも望んでいないと思う。
 これだけ高齢者が増えれば老人相手のビジネスが繁盛するのは致し方ない。アンチエイジングをうたった健康食品そして美容整形をはじめ、わが国の総理大臣も利用した遺産相続税逃れのコンサルタント業と、私のようなものからみるとどうかと思うビジネスばかりが元気である。こういうビジネスで莫大な利潤が得られる社会をよき高齢社会と呼べないと思う。いやそう悪たれをつきながら、健康保健薬をこっそりと飲んでいる私も老人ビジネスの格好の餌食になっている。
 若返りも遺産相続逃れとも無縁な生活を送っているので、それらの老人ビジネスについて論じることはできない。
 見習いたい高齢生活を送っている方を紹介する前に、文句が出そうであるが医療も老人ビジネスになっているという実態の一部に、日常的に接しているので、それについて紹介して、高齢になったらお世話にならなければならない医療機関の賢い利用の仕方について書いておきたい。
 4月9~11日東京で第107回日本内科学会総会が行われた。認定医資格更新だけの出席で、大抵は桜見物をしていたが、2,3興味のある演題も聞いた。会頭講演の「日本人の脳卒中のエビデンス」では、高血圧患者が3000万人いて降圧薬を2,3種類服用している、糖尿病患者は1000万人、糖尿病予備軍を加えると計3000万人、しかし治療を受けているが糖尿病性腎障害で人工透析を受ける患者は年々増え続けているとのこと、日本は冠たる長寿国で健康な人が多いと思っていたらメタボ関連の病人ばかりであることを知ってはいたが、改めて内科学会の会頭から直接聞くとさすがにぞっとした。周りを見ると病人ばかりのような気にさせられ憂鬱になった。これは講演の導入部分。
 会頭得意の本題の講演で、脳ドッグという医療を行っているのは日本だけで、日本のMRI設置率はアメリカの3倍とのこと、病人が多くて余り臨床的に意味のない健康人の脳検査をしていれば医療費が34兆円、いや介護保険料を含めるとゆうに45兆円強となり総医療費は国の国債の利払いを除く総予算に匹敵する金額になるのは致し方ないなと変なことが納得できた。勿論私が本当かいなとびっくりした日本独自の脳ドッグや高いMRI設置率は会頭にとっては日本の医療の充実ぶりを示しているとの自慢になるのだけれど。実際、講演は脳ドッグで得られた成績を中心に展開された。脳の中身を何も病的な神経症状のない人に検査する意義については充分理解できなかったけれど。
 問題は医療費が適正に使われていれば文句を言う筋合いはない。ただビジネスというしかない薬付け、検査漬けが行われているとすれば、私たちはよき高齢社会を迎えるために、医療の受け方について知っておくべきことは多いであろう。
 認知症高齢者を診る機会の多い立場から、認知症治療が適正に行われているのか製薬会社や医療提供者のビジネスになっているのか以前も論じて蒸し返しであるがもう一度論じておきたい。
続く
「認知症の診断と治療のガイドライン」/b>
by rr4546 | 2010-04-20 14:08 | 医療関係 | Comments(0)
 日本尊厳死協会は無意味な延命処置を望まないで、自然な死を迎えたいという人たちの運動から生まれた会らしい。会員として登録するためには以下のリビングウイルに賛同していることが条件となる。
リビングウイルの要旨は、
1.私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命処置は一切おことわりいたします。
2.ただしこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。
3.私が数カ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持装置をとりやめて下さい。
 以上、私の宣言による要望に従って下さった行為一切の責任はこの私自身にあります。
 このリビングウイルを読むと、自然な死を迎えたいというニュアンスはよく伝わると思う。ピンピンころりと死んで生きたいとご利益があると言われているお寺参りをされている人たちの気持ちと通じるところがあるかもしれない。実際このリビングウイルを尊重すれば、がんの末期の患者に人工呼吸器を付けたり抜管することは、殺人容疑として扱うよりは患者の自己決定を尊重した行為と素直に言えると思う。エホバの証人というキリスト教の一派は輸血をすることは神の教えに反するとして医療上輸血が必要でも輸血を拒否するが、現在は本人の意向を尊重して輸血をしないで対処するべきであるとの司法の判断が出ている。死の迎え方を元気な時に言い残しておけばその気持ちはいざという時に尊重されるであろう
 ただ尊厳死協会の会員のリビングウイルを読んでいると何か実態に沿っていないように感ずる点もある。例えば1は不治の病と診断されてから直接医療提供者に伝えられることである。不治の病とは無縁でピンピンしている時にこう考えていたからといって、その通りにしてもらいたいと言われても、はい判りましたと言ってその意向でことを進めることは余りに機械的である。人間は決めたことは終生変わらないと思い込み過ぎているように思う。矢張り極限の状況で患者と医師は書き残していたことはこととして、身近に迫った終末の迎え方を話し合わなければならない。多くの場合は前もって準備していた気持ちには変化がないが、死が迫っている状況で改めて真摯に自分の気持ちを伝えるべきであろう。そういう意味で尊厳死協会のリビングウイルの1条項は削除した方がいいように感ずる。恐ろしいことではあるが、医師とよく話し合ってはっきりと直接自分の希望を伝える方が、患者自身も身内の者もそして医師自身も納得しながらことをすすめることができるのではないであろうか。不治の病で床に伏している時に、このような会話が自然に行えるかどうかは疑問だが、私は直接自分の希望を伝えたい。話し合っているうちに別のオプションが出てくるかもしれない。家族が本人はこういう希望を持っていますとリビングウイルを見せられたら医師は、こういうことでいいのですかと直接本人に確認しなければならない。いやしている。
 そういう意味で3の植物状態になった時のリビングウイルは、実際植物状態になった時には自分の気持ちは伝えられないので前もって意思表示をしておくことは極めて大切であると思う。
 私の遺言には脳疾患,心臓疾患あるいは人物認識や言語的コミュニケーションが取れなくなる認知症の末期で自分の意思表示ができない状況に陥った時にどのような医療処置をして欲しいかが具体的に書いてある。いい恰好をすれば、望む医療処置だけではなく、脳死後、使用できる臓器があれば提供するとも書いてある。心肺停止で死が宣告されたら、使えれば腎臓と角膜は提供すると書いてある。
 リビングウイルは意識がない時、あるいは肉体的な疾患があって自分の意思が伝えられない時のために準備するものだと思う。しかも人それぞれの思いによって選択が異なり医師の決断だけでは患者の尊厳を傷つけるようなことを招きかねない、呼吸器の装着、気管支切開そして胃ろう造設など具体的な医療処置についての希望を書いておくべきだと思う。先日NHKで「呼吸器をはずして下さい 柳田邦男と患者が紡ぐ命の対話 誰のために生きるのか」という番組で意思の伝えることのできなくなったALS患者が呼吸器を付けている番組を見て、患者の意向が現実には生かされない現場を見て色々考えさせられた。
 私の主治医はお二人とも私の研究室で医学博士論文を取り、アメリカにも留学した優秀なおしどりドクターであるが、遺言の内容を漏らしたら「先生、今は心筋梗塞や脳梗塞を起こしてもあるいは外傷性脳挫傷で意識がなくなっても、そんなに簡単に死ねませんよ。意識が回復する例はいくらでもある。だから早く心カテの検査を受けて下さい」と優しく説得されている。遺言の内容をここで公開できないが、現時点では意識がなくなった時か意思を伝えられない時にはこうしてもらいたいとの思いを変更する気は全く持たなかった。しかし医学の進歩は私のような専門家でも想像を超えるスピードで進み今まで不可能と考えられていたことが、可能になることがいくらでもある。そういう情報を参考にして毎年遺言は書き改めている。ここ数年私の迎えたい死に方には変更がない。遺言の日付を書き換えるだけである。
 すべての人がリビングウイルを残していてくれたら、私からみればここまで荒廃した高齢者の死を見ることはなかったのにとの思いを持つ。愛する母のためにと胃ろうを作った息子たちがほとんど見舞いに来ないで、老健をはじめ医療機関に預けっぱなしという光景は日常茶飯事である。きっとこの患者は年金が多くて生きていれば生きているほど残されたものが不労所得を得て潤っているのではとの恐ろしい想像をしてしまうのである。/b>
by rr4546 | 2010-04-02 16:54 | 医療関係 | Comments(0)