医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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 突然の手紙でビックリしたことでしょう。お父さんが今回上梓した「一神教的思考様式を学ぶ」を3冊購入してくれましたので、あなたに一冊本を送ると約束したところ、お父さんがあなたの住所を教えてくれました。
 ただ開いて読みだしても砂を噛むような感じがするでしょう。それはちょうど予備知識なしで聖書やダンテの神曲を紐解いても、一体これが人間の救いを書いた本なのかあるいはこれがルネッサンスの先駆をなしたと評価されている世界的古典なのかとにわかに信じられないのと事情は同じです。聖書も神曲も新聞記事を読むのとは違った知恵で読まなければ、理解できない。止むおう得ないですね。
 送った本が聖書や神曲に匹敵する価値を持っていると言っているのではありません。ただ人生に大切な知恵はスラスラと読めば素直に頷けるという構造を持っていないということをまず知って本を開いてくれると嬉しい。どうしていつの時代も価値を失わない古典を最初に手にした時、面白さがストレートに頭に入ってこないのか。多分真理は余りにもシンプルすぎて、物事をひねくれて読んだり理解したりする仕方しか持たない私たちには変なことですが難しくなってしまうのでしょう。
 では小難しい本をなぜわざわざ送ってきたのだと叱られそうですね。実はお父さんからあなたが大学に進学する時も、二年間考えた末大学に進んだこと。そして何のためにこの世に生まれてきたのか、何のために生きているのかという、実は誰でもが若い時、いや老年になったおじさんのようなものにも纏わりつく懐疑に苦しんでいることを聞いていましたので、いつの日にかあなたの問いに答えてくれる本になればと願いながら送りました。
 もう一つの理由は、あなたの大学の先生が元オウム信者の学生に宛てた懺悔の手紙にあなたが深く心を惹かれたことを聞いていたのもあなたにおじさんの本を送ろうと思った理由です。
 送った本がチンプンカンプンでも、諦めないで読もうと思ってくれれば、普通読むように初めの章から読み進めるのではなくて、先ずあとがきを読んでください。あとがきで本全体の内容を解説したつもりです。短いですがこれも難しく感じるかもしれません。短いからといって2,3分で読み終えるのではなくて、できれば2,3日かけてゆっくりと考えながら読んでくれると嬉しい。聖書というと十字架のイエスの姿が私たちには目に浮かびますが、聖書は十字架のイエスが神の子であるかどうかを信じるオカルトめいたことを無理強いする本ではなくて、自分が何者であり、この世でどう生きていったらいいかを語っているだけの、誰にでもためになる本だと思います。十字架の上で死んだ人が救い主である。こんな荒唐無稽なことを無理矢理信じる必要は全くありません。いやできないですね。それでも身近に感じなければ、第5章の「創世記と私たち」を読んでください。聖書はヨーロッパの人たちだけではなく、極東の偏狭な地域に住む私たち、いやすべての人間のために、この世で心から自分を愛して生きていくために必要な知恵が書いてある本であることが分かってくれるでしょう。それでも難しく感じれば、本を閉じればいい。何か生きる拠り所を必要とした時直ぐに手に取れるよう、あなたの書棚に並べておいてくれると嬉しい。成程こういうことだったのかと思いながら読み進められる時が来るといいのですが・・・・・。
 ただ若い時は、あなたのように生きている根拠が分からないまま空虚な気持ちに苦しめられながらも、真面目に生きていこうと考える人は、不思議なことに、聖書に惹かれるのではなくて、オウム真理教のような、禍々しい世俗の世界を逃れて、自分を生贄のように捧げる教え、しかしその実態は神のような強い人間になるための人生読本をより一層身近に感じるでしょう。悟れば全ての謎が解ける世界を求めがちです。訳の分からない本を読むより、ご利益がはっきりと書いてある方の本が親しみやすいですからね。残念ですが、聖書は読んだからといって直ぐに空中遊泳のような振る舞いができることは起こりません。むしろ人間は人間であって超人どころか欠陥だらけの存在であることを思い知らされます。苦しみから解放されたいと思っているのに、そのような都合のいい世界はない、救いを直ぐには約束しない。聖書に触れても腹の足しにならないですね。ただ読み進めれば進むほど自分がいかに偏見に捉われて、人生を見ているかに目が開かれる。そして希望を持って人に仕える方向で生きていこうとの習慣ができ上がっていく。足を地につけて歩いていけるようになる。最初は何も役に立ちそうではありませんが、お父さんと同じ年齢のおじさんでもそうだったのかと今でも教えられ、もう一度頑張ってみるかという気になる知恵が得られるから不思議です。
 オウムの教えと対極にある大切な知恵が書いてあるといくらおじさんが熱弁を奮っても、難しいとのあなたの嘆息が聞こえてきます。読み進められないと、本を投げ出す姿が目に浮かびます。止むおう得ない。
  お父さんは「孤高のメス」の映画化が進んで忙しくしているようですね。しつこいようですが今回送った本はそんなに事がうまく運ぶような話が書いてあるのではなく、魂が、魂と言っても漠然としていますが、魂が豊かになることが書いてあります。世俗のことが首尾よく進むより、魂が豊かになった方がおじさんには大切なことのような気がします。横道にそれますがお父さんは今では医者と作家の二足の草鞋をはいて恰好よく頑張っていますが、学生時代は牧師の女性に熱を上げたり、医学部を逃げ出して一年間彷徨の旅をしていたのですよ。お陰で小学生から一緒だったお父さんはおじさんの後輩になりました。今はおじさんより偉くなりましたが。
 蛇足ですがいま評判の村上春樹のことも触れておきたいと思います。「1Q84」が発売後すぐに上下巻合わせて200万部くらい売れたのを知っていますね。物語の面白さ、登場人物の造形の確かさそして次々出てくる比喩の巧みさで多くの読者を魅了しました。売れるべくして売れた?読みましたか。ただ二人の主人公、青豆と天吾が二人とも幼児の時のトラウマを抱えてそのトラウから生み出された虚無的な思いに翻弄されながら、成人した後も確たる心の拠り所がなく生きていく。そしてもう一人の主人公でオウム真理教のグルを思わせる怪物じみた主人公も生まれながらの肉体の刺をもって、それを恩寵と感謝して新興宗教の教主になりながら死に憧れる。重要な主人公すべてが幼児のトラウマあるいは先天的な精神の欠陥と何らかの障害を持つ被害者として描かれています。なにか大きな心の傷で痛めつけらている村上春樹が自分の分身を色々なキャラクターを持つ人物として小説の中で描いているように思います。痛々しいまでの感受性と、その痛ましい感受性を意味あるものにしようと文学活動に励んでいるのが良く分かります。その誠実な葛藤が多くの若い読者を魅了するのでしょう。
 苦難を抱えた被害者は、多くの人の共鳴を得るでしょう。こんなことがなければという被害者意識で生きていくのは、私たちが一番得意とすることですからね。そして村上作品には、被害者が被害者として葛藤しながらそれでも生きていくための見落としていたハッとさせる知恵がちりばめてありますから、若いあなたたちのような人はある種の慰めが与えられるのではないでしょうか。春樹ワールドが多くの読者を持つ理由です。ただ被害者であるとの自覚はそれが事実であるとしても、結局は新しい歩みを始めるのではなくて死への憧れや、憎しみかあるいはかってあった世界を楽園と妄想する本当の喜びとは遠い世界をさまよい続けなければならないことが「1Q84」にはよく描かれているように思います。
 作家としての才能はノーベル賞級の高い水準にあると思いますが、もう一皮むけて被害者であるとの自覚を加害者であるとの自覚に、過去に楽園を求めるのではなく未来に対する希望と愛することの喜びを語らなければノーベル賞を取り逃がすように思います。
 ただ不思議なことに被害者としての悲しみより、希望と愛を書き始めたら多くの読者を失うでしょう。どうやら多くの人は彼の現在の作品である種の癒しが与えられているらしい。そして多くの読者を獲得した。ただ今回送った本は被害者であるとの思いで傷をなめ合ったりするのではなく、加害者との自覚を持って新しい楽園を目指そうという本ですので「1Q84」とは対極にある本と言えるでしょう。若者のあなたにとっては親しみにくい本にならざるを得ないですね。オウムとも村上ワールドとも対極にある本、面白い本ではないのは保証つきですね。いやご利益を性急に求めたり、被害者の立場で苦しみながら生きていくことに共鳴を覚える間は、今回送った本は砂を噛むようで往生するでしょう。
 超人を目指すお話も、被害者であることに苦しむ自虐趣味のお話とも違った世界があるのではないかと心にひらめいた時、開いてくれるときっと面白く読めるのではと期待しています。
 読み始める前におじさんがオウムについて書いたものを読んでくれた方がいいのではと思い、それも送ります。長い前置きになりましたが、矢張りあなたには是非送りたいと思い送りました。

by rr4546 | 2009-08-17 16:59 | 日本人論 | Comments(0)