医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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 12月21日付けの朝日新聞の「読書」という欄に、2008年度に出版された書籍の中で、書評を務めた先生方がぜひ薦めたいという本が載っていた。わたしの記憶ではこの企画はかなり以前から続いている。参考にして、いい本に巡り合う経験をしているので、毎年必ずこの記事に目を通す。
 今回は面白い本に出会ったので紹介しておきたい。
 職場の同僚に先生はホッブスとかトクヴィルの話をするが、だれもホッブスとかトクヴィルのことを触れない、ホッブス、トクヴィルというとまた難しい話をする積もりですかと不評で肩身の狭い思いをしている。
 しかし今年は二人の東大教授が、是非薦めたい三冊の本の中に、それぞれ「ホッブス 市民論」と「トクヴィル アメリカのデモクラシー」を上げていた。どうだ偉い先生もホッブスやトクヴィルを読んでいると自慢しようと彼らの書評を読んだ。
 苅部 直(東京大学教授 日本政治思想史)はホッブスの本を上げた。「市民論は名高い古典の待望の邦訳書。『リヴァイアサン』と並ぶ、トマス・ホッブスの政治哲学書であるが、何しろラテン語の作品で、専門家でない読者には、これまで近づきにくかった。出版をめぐるきびしい風潮のなか、西洋思想の古典にとりくんでいる版元の熱意に、思わず脱帽してしまう」が推薦の言葉。一般の読者に薦めるのなら、「市民論」はこう言う点でわたし達に有益だと短くてもいい、コメントがあってしかるべきであろう。この書評では版元の人たちは喜んだであろうが、ほとんどの人は手に入れようとの食指を動かさなかったであろう。
 久保文明(東京大学教授 アメリカ政治)はトクヴィルの本を上げた。「1830年代に執筆されたアメリカ論の古典であり、長い視座でアメリカを理解するには格好の書である。著者はアメリカ人の習俗に支えられた民主主義の強さを強調するが、同時に、ときに少数意見を圧迫する傾向が存在することも指摘する。浅薄なアメリカ論に嫌気がさしている人にぜひ薦めたい」。
 わたしが読んだ範囲では、アメリカが多数者の専制にならないように少数意見に配慮する仕組みを見事に作っていることをトクヴィルは論じていた。久保先生は誤読したか、読まないで推薦の言葉を書いたのであろう。アメリカに対する評価がここまで落ちた現在、アメリカ論を読もうという人がいるのであろうか。その上、紹介しておきながら読まなくてもいいとの含意ある推薦の弁。アメリカのことなど考えなくてもよい。自分たちの問題を解かなければならない。
 いい機会を持ちながら、読む必要のない本を今年の三冊のうちの一冊としてあげる。どうしてこういうことが起こるのであろうか。
 大学の研究者には国から科研費という研究費が出される。ここ数年は、海外への学会出張費も科研費の中に含まれるようになった。わたしの頃は海外での学会出張は自前であった。多分苅部先生も久保先生も、科研費を使って政治思想史やアメリカ政治の国際学会に出席するのであろう。そして学会場で第一線の研究者がホッブスやトクヴィルに度々言及する場に立ち会った。立場上、理解できないからといってホッブスやトクヴィルを無視するわけにはいかない。こういう事情で特に薦めたくない本が朝日新聞に載ったのであろう。現代の学者も、漱石が嘆いていたことに無頓着に、自発的な興味ではなく、世界の流れをモニターすることを仕事と考えているのかもしれない。誤解であればいいのだが。
 私なら、ホッブスの本を「宗教的権威で社会を支配する時代が終わり、国民一人一人が国を作らなければならない。よき市民になる心得を書いた本が市民論である。閉塞した時代を乗り越えるためのヒントが溢れているので必読」と推薦する。実はまだ市民論は読んでいない。彼の「リヴァイアサン」から想像して書いた(創世記 No.21 アブラハム物語 No.16 ホッブスの人間観-創世記No.26 アブラハム物語 No.21 間違ったリヴァイアサン理解参照)。
 トクヴィルの本を「自由と平等を最も大切にするアメリカでも、国民が自由や平等をはき違えることがある。自由と平等という高邁な理念を国民一人一人が本当に身に纏うために宗教が重要な役割を果たすことを指摘した本。アメリカが宗教国家である理由が書いてある。アメリカで宗教の力が失われたら、アメリカが破滅することを預言した本。わたし達の国の現在の閉塞状況を克服するために有益な示唆が溢れている」と推薦する。トクヴィルの本は読んでいるからこの推薦はハッタリではない(トクヴィルと佐藤優参照)。
 わたし達も世界に貢献するために、ホッブスやトクヴィルを読んだ振りをするのではなく、読みこなせる知恵を持つ時が来ているように思う。
 読む知恵は「敵は他者の中にあるのではなく、自分の中にある。愚かさも他者の中にあるのではなく、自分の中にある」との謙虚な思いの上でしか見出せない。
 参考のために私の推薦する本は、「水村美苗 『日本語が滅びるとき』」である。推薦の言葉はまたの機会に。「知的、倫理的、美的な重荷を負う日本語に誇りを感じ、元気になった。使いこなせないが。多重言語者の作者の高い知性、広い教養と健全な魂に脱帽」。

by rr4546 | 2008-12-29 18:21 | 日本人論 | Comments(0)

2008年忘年会

 一年間本当にご苦労様でした。今年は老健大会や在宅ケアネットワークなどの全国大会が京都であり忙しかったですね。ただ老健大会には「老健施設の看護師の役割」、「センター方式に基づく脳活性化リハビリ」そして広瀬君考案の「口腔リハビリ」を発表していずれも好評でした。また在宅ケアネットワークには、「認知症患者の転倒防止」、「嚥下障害のある患者のケアについて」そして「在宅介護のためのケアマネの役割」などを発表しました。準備が大変だったと思いますが、色々知識が整理できて取り組む課題がはっきりしたのではないでしょうか。是非来年も1題でも多く発表して、全国の仲間から意見をもらい、私どもの介護の質を一層高めたいですね。
 介護や医療は精一杯注意を払っても思い掛けない事故が起こるものです。寝たきり患者の骨折あるいは誤投薬などがあり、色々反省させられました。介護は機械がするのではありませんからこのような事故は不可避な面がありますが、矢張り事故を少しでも減らす努力してください。業務を機械的にするのではなく、愛情を込めて色々工夫しながらやるのが求められているのだと思います。機械的にすると手早くできるかもしれませんが、仕事の喜びは半減するでしょう。
 わたしが勤務してから3回目の忘年会です。自分が入ってもいい老健施設をと願って働いてきました。ただこの方針が充分伝わっていない出来事を見かけます。例えば90歳過ぎの糖尿病の患者さんに誤嚥の恐れがあるからと、カロリー制限の全粥を出す。当の患者はお腹が空いて夜たびたび詰め所に来られる。こんな場合は躊躇せずに、食事量を増やして、粥がいいのかご飯がいいのか患者さんによく聞いて希望されるものを出してください。皆さんは肺がんになるから禁煙を、メタボになるから美味しいものを我慢していますか。わたしは食べたいものは食べて、薬を飲んでいます。施設を監獄にしてはならないと思います。高齢になって食べたいものが食べられない。辛いと思いませんか。
 医学的に正しいことではなく、望まれる食事を提供して、すこしでも穏やかに過ごしていただくための環境作りに知恵を絞ってください。糖尿病が悪くなれば、わたしの方で適切な治療をします。食べたいものを我慢して老後を送る、意味があるかどうか良く考えたいですね。自分のやりやすいようにするのではなくて、患者の望まれることをいつもするように心掛けてください。
いずれにせよ本当にこの一年ご苦労様でした。
 今日は無礼講でご馳走を頂きましょう。

by rr4546 | 2008-12-16 17:38 | その他 | Comments(1)