医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

<   2007年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧

靖国神社参拝

 8月15日の終戦記念日は明日である。去年の今頃は前総理大臣が「お国のために心ならずも死んだ人たちに、哀悼の誠を捧げる」ために靖国神社を参拝するであろうと考えられていて、喧々諤々の議論が色々なところで戦わされていた。十五年戦争で大変な被害を受けた国々が、当時の戦争指導者、いわゆるA級戦犯を御祭神として祀ってある神社を国の指導者が参拝することを自粛するよう申し入れていたが、前総理大臣は心の問題について他国が干渉すべきではないとの理屈で結局15日に参拝した。すっきりした顔で「世界の平和を祈ってきました」とインタビューに答えていたのを思い出す。当日のNHKテレビの世論調査でもほとんどの人が彼の取った態度に理解を示した。参拝は総理だけでなく、大勢の与党や野党の国会議員も出掛けたと記憶している。私はよく判らなかったが、国のために死んだ人の御霊に頭を下げるのは、国を預かる政治家にとっては大切な勤めなのであろうと理解してみたが、正直いって鬱陶しい騒がしい夏が毎年繰り返されるのは堪らないという感想を持った。
 新しい若き総理は靖国神社の御祭神に前総理大臣の「哀悼の誠」以上に「尊崇の気持ちを表す」をよく繰り返しているので、総理に就任すると、5年以上も途絶えていた中国・韓国の首脳会談を行い柔軟な外交が高く評価されていたが、彼の日ごろの発言から、8月15日には必ず靖国神社参拝に出かけるとこのBLOGで書いてしまった。しかし先日の報道によると8月15日の靖国神社を参拝する閣僚はゼロ、勿論総理も参拝しないとの報道があった。個人的には今回の閣僚の判断は賢明に感じられて、予測が望ましい方向で裏切られてよかったと胸を撫で下ろしているが・・・・・。
 それにしても昨年は国際社会の批判に対しても全く耳を傾けないで、靖国神社に参拝した前総理は今年の8月15日はどうするのだろうかと野次馬のよう気持ちで彼の言動が伝えられるのを心待ちにしている。あそこまで確信犯的に参拝したのだから「15日にはお国のために死んだ人たちに哀悼の誠を捧げるために参拝するべきである」とメッセージを出すに違いない。14日現在前総理から何のコメントもない。15日は明日である。コメントに背中を押されて、一人くらい憂国の閣僚が出て前総理に倣って参拝する人が出てほしいが・・。明日では参拝用の礼服を準備する時間がないように思う。今年は隣国の為政者たちが期待するようにわれわれの政治家は靖国を参拝しないということなのだろうか。
 一体前総理が靖国参拝にあれほどまでに拘った理由は何であったのだろうか。私にはよく理解できないが、多分15日は紋付袴や礼服を着た民間人が靖国には多く訪れるので、靖国神社には参拝する理由があるのだろう。いや御祭神として祀ってあるご家族の方が訪れるだけなのかもしれない。
 閣僚は新しい考え方に基づいて出かけないことにしたと発言しないので、考えは変わらないけれど、今年の参拝は残暑が厳しいので取りやめたということなのだろう。勿論前総理もこの暑いのにモーニングを着て参拝する気などないといって、涼しいところでワインを味わいながらオペラでも楽しんでいるかもしれない。 浄土と言うのか彼岸と言うのか、神道で死後の世界をどういうか知らないが、ともあれ向こうの世界におられる英霊は、俗の世界に住んでいる者たちが、自分の都合でお参りに来たり、来なかったりする横着にさぞやご立腹のことであろう。
 参拝に反対している隣国の首脳たちは、自分たちの抗議が実を結んだのではなく、一体どういう事情の変化で、日本の閣僚が参拝を取りやめたのだろうかと狐につままれた心地がしているに違いない。日本の政治家を信用してはならないと彼らが考えたとすれば、これほど国益に反することはない。
 そして前総理大臣もなぜ去年はあれほどまでに靖国神社の参拝に情熱が持てたのか、取り巻きの前で「人間も変わるものだな」と気楽そうに語って笑いを誘っている気がする。あそこまで反対されなければ行かなかったのにと、参拝に出かけた理由を他人の所為にしている可能性がある。彼の英霊に対する思いが伝わってこないのである。
 現在の内閣は早晩行き詰るかもしれない。自民党は前総理大臣の再登板しか生き残る道はないように思う。 そして私たちは又カッコいい前総理大臣を支持することになるであろう。 隣国は日本の愛国心は実にいい加減だと一層警戒を強めるだろう。一人くらい骨のある閣僚が15日に靖国神社に参拝してくれれば、頭の整理ができるのだが。
 若い憂国の士が、わたし達の無原則な生き方に愛想を尽かして、美しい大和魂をもう一度蘇らせなければならないと、野党の幹部にテロを敢行するような予感がする。若き総理の純粋な思いが実現できなかったのは彼らのせいであると。参拝しない理由は他にあるように思うが彼らは何も語らないので私たちには全く分からない。悪い予感が外れることを祈るばかりである。夏の怪談を書いている心地がしてきた。わたし達の無原則の生き方を、しっかりしたものにする時が来ているように思う。
by rr4546 | 2007-08-14 17:04 | 日本人論 | Comments(0)

参議院選挙雑感

7月26日

雑談と議論  使命とゴマスリ
 本来、かなりハイレベルの議論が求められる政治の世界で、真摯な議論が行われないで雑談ばかりに時間を割くようになっている。お陰で女性は産む機械だとか、還元水は芸者の花代だとか、長崎の原爆は日本が降参するよいきっかけになったなどと、雑談レベルのコメントが次々と明るみになる。現在の家庭崩壊や、政界や経済界のモラルハザードなどを乗り越えるために、民主主義理念の再学習ではなくて、放送、教育などあらゆる分野に国主導の規制を強めようとの個々を尊重する現代には時代遅れな国家主義的な処方箋が持ち出されてきてしまった。
 日本の行政を担う高級官僚のトップは見識を持っている人ではなくて、ゴマスリの上手なものだけになってしまった。偽装もデータ捏造も談合も目に余る天下りも、そして医師不足による医療崩壊も正確な情報を手元に持っている官僚のトップが自己保身のためのゴマスリをしているうちにすべて後手、後手の対策ばかりになって大問題を招いてしまった。 歳入額に到底及ばない赤字予算を組んで1000兆円以上の借金を組んでしまった。社保庁の消えた年金どころの問題ではない借金をわたし達は背負っている。
 政治の世界に雑談ではなくて、真面目な議論を起こすためにも、ゴマスリの得意な官僚ではなくて、本当に日本を憂える官僚を育てるためにも、腐敗している権力を総入れかいする時が来ているように思う。私達が賢明な判断をする努力が求められているであろう。 不幸をそのままにしておく責任は私たちにもあるように思う。心配しすぎであろうか。


7月29日

自民党大敗
 自民党が参議院選挙で大敗しました。総裁を初め党の幹部達が敗因は閣僚の阿呆な発言とA大臣の政治資金の不適切な処理がばれたせいだけであると繰り返しているばかりなのには驚かされます。マスコミも野党が延びた原因は敵失によるのだとか、演説の大半をお詫びに割かれ、本論で勝負できなかったためだと分析して選挙結果を総括しています。どうしてそういうことが起こったかについて何も理解できていない。しようとしない。若い代議士達の議論を聞いていると政権与党の代議士が何も考えていなくて、野党の若い代議士が日本の将来について真面目に考えていることがよく判り、心配性は深く安心しました。戦後民主主義教育は世界に通用するかもしれない知性をわたし達の周りに育てていました。それにしてもわたし達は一体誰に国の舵取りを任せていたのでしょうか。A新聞を初めマスコミも対立軸がないなどと同じ判ったような気がするがなにも伝えていないフレーズを繰り返すばかりで、実際の政治の場で何が議論され、何が問題になっているかについてなにも伝えていませんでした。マスコミは権力の監視を使命としているはずですが、結局はマスコミも政権与党に媚を売ることに精を出しているだけだったと言う他ないと思います。A新聞が左翼系だと信じている人たちは多いですが私には最も体制維持的なメディアに見えます。上の分析はA新聞からの引用です。わたし達は反権力という立場を取る知性を持っていないのではないでしょうか。親方日の丸と権力に全権を委任して、自分たちがどこに向かっているかを何も考えないで、安心していますからね。
 安倍政権をわたし達が信任していれば、世界はやはり日本はちょっと可笑しい国であると思ったことでしょう。望まなくても孤立した道を歩いていくことになったでしょう。 安倍晋三総理は思った以上に、民主主義の理念を理解していません。ビックリしました。
 今回の参議院選挙は、わたし達が国の指導者より賢明で世界の常識を弁えていることを示す良い機会であったという意味で、まことに有意義でした。世界に誇れる美しい国をつくろうではありませんか。

8月1日

二大政党
 今回の選挙は、民主主義理念を、江戸時代や戦前の体制を懐かしむブレーンに学び、政策を官僚に丸投げして作って貰って、政治活動をしていても可笑しいと思わないグループと、グローバルな価値観を真摯に学び、自分たちの頭で国の有り方を考えて政治活動をするグループの二つの政党が日本に根付く嚆矢となる可能性がある。権力の腐敗をチェックするためには二大政党による政治がわたしたちにもどうしても必要であろう。

8月1日

公明党
 選挙後の代議士のしゃべくり番組を見ていると、公明党の議員が自民党の不始末を一生懸命に弁解しているのには驚かされる。公明党は結党当時は、清潔で平和主義を標榜して政治にクリーンな風を吹き込んだと記憶している。いつのまに自民党のお先棒をかつぎになってしまったのであろうか。自民党ウイルスの感染力の強さはさすがである。権力の中枢にいると常識が破壊されるのであろう。戦前はキリスト教を建学の精神とする大学も帝国主義的、国家主義的国造りに率先して協力をした。
 政治を批判的に眺められるのはこの世の権力と別な権力を信じることの出来る宗教勢力のような気がする。旧約聖書を読んでいると、将来展望のない功利的にならざるを得ないこの世の権力を厳しく批判して、国の有り方を論じていたのは預言者と呼ばれるイザヤ、エレミヤ、エゼキエルたちであった。
 信じるか信じないかを抜きにして、わたし達も宗教的叡智を豊かにする必要があるのではないだろうか。公明党の代議士の振る舞いを見ていて、宗教的基盤を持つ人たちのこの世での役割について深く考えさせられた。

by rr4546 | 2007-08-01 13:00 | 日本人論 | Comments(0)