医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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創世記番外編  No.1 トクヴィルと佐藤優ーアメリカ大統領選挙

 お正月は暮れから三が日を例年通りホテルで過ごした。一番の宿題は1年半余りかけて書き進めてきた「創世記」に手を入れること。長い間書き続けてきたが、テーマが一貫としているのでひと安心。書き直したものをこっそりと入れ替えた。
 いつもの習慣で時間潰しの本も携えた。近代民主主義思想家トクヴィルについてもう少し勉強したいとたまたま手にいれた小山勉著の「トクヴィル」と、ついでといっては申し訳ないが、牧師の資格を持つクリスチャンであることを公言して、刑事被告の身でありながら旺盛な言論活動をしている誠に興味深い、私もBlogで彼の「獄中記」を高く評価する短い感想文を載せた人物、  佐藤優の「私のマルクス」と「国家論」をバッグに入れていった。
トクヴィルの正しい紹介者は日本にいないとの悲観的な見解を以前に書いた。故小山勉先生は、私の読み取れる範囲では、トクヴィルの真の理解者であった。教養が豊かな上に、知的で精緻な理論で書き上げられたトクヴィル自身の本を読むのはエキサイティングであるが大仕事である。有難いことに、小山先生が2006年、文庫本のために書き下ろした「トクヴィル」は誠実に長い間トクヴィル研究を続けてこられた成果が見事に結実したトクヴィルの最良の入門書であった。案の定、版を重ねていない。絶版にならずに私の手に入ったものである。6日間、ホテルで知的興奮を覚えながら一気に読み通した。不透明な現代に確かな指針を与える本がほとんど版を重ねないで埋もれている。現役の政治学者や現代思想研究家は大学だらけのわが国には3千人くらいはいるであろう。政治学や現代思想を勉強している学生は3万人はくだらないか。マスコミで働く政治記者は数え切れない。この領域の重鎮の一人が小山勉著「トクヴィル」はわが国の現代政治の問題点を読み解いたり、同盟国である欧米諸国が目指す方向が判りやすく書いてあると発言すれば、もう少し先生のご本は読まれているに違いない。東大の先生も象牙の塔の中でトクヴィルは何者かとピンと外れな研究や議論をしていないで、小山勉著「トクヴィル」を読まれたらいいと思う。トクヴィルの主張のある核心をよく学ぶことができる。
 政治学にも国際関係にも全くのど素人の直感であるが、トクヴィルを読まないで、現代のわれわれの直面している難問やこれから向かうべき方向についてほとんど論じることはできないと感ずる。小山先生は慎み深い方なのであろう。ただご著書の中で、控えめであるが現代日本の政治の後進性、官僚、産業界そして国民一人一人の道徳的荒廃や政治的無関心の由来を鋭く指摘され、それらを克服するための処方箋をトクヴィル理論を援用しながらはっきりと示されている。勿論、日本にではなく、フランスに対する批判という形を取っているが。なぜもっと声高に自分の考え方をマスコミを通して発信されなかったのか。誠実さゆえに正しい国のあり方のために自分の処方箋が唯一最良のものであると主張するのを遠慮されたのであろう。あるいは見識あるマスコミ人がいなくて、先生に発言の機会を与えなかったのか。多分両者があいまって有益な先生のご本はほとんど読者を持たないで現在に到った。大げさな言い方をすればこれはわたし達の不幸である。
 トクヴィルを読む前に、先生のご本を精読するだけで、十分日本政治の問題点や、現在のわたし達の精神的混迷の由来の分析そしてそれからの回復の方向性を示すことができる。トクヴィルの著作を手元において、小山先生の「トクヴィル」を参考にすると、何一つ苦労をしないで、いくらでも論文や社会時評が書き続けられそうに感じる。
 先生のご本のエッセンスを解説する力は私にはないがわたし達に有益であると考えたところを抜粋しておく。

アメリカ大統領選挙
 その前に現在行われているアメリカ大統領選について触れておく。各州で行われている民主党と共和党の大統領候補者選びについて全く関心がないという人はいないであろう。一般の有権者が投票するのは半年以上先の11月4日である。現在は、各州で民主、共和両党の大統領候補者を決める党内手続きの期間。報道を見るかぎり、ヒラリーだ、オバマだ、あるいは牧師上がりあるいはモルモン教徒の候補者だとアメリカ人が夢中になっている様子が伝わって面白い。個人的趣味でいうと黒人候補オバマが大統領になれば少しは世界も明るくなると思うが、彼は劣勢らしい、残念!
 先日のA新聞の「ニュースがわからん!『米大統領選 2年の長丁場』」に米大統領選のプロセスが解説してあった。各州ごとに党員集会や予備選挙で代議員をきめ、党の全国大会で候補者を一人に絞る、ここまでが党内手続き。そして候補者二人がアメリカ全土の一般有権者の選挙で選ばれるかと思うと、又各州で党員と党員でない有権者の選挙で、選挙人を選んで選挙人の投票で大統領を決めると解説してあった。副題の見出しに「長いとお金も必要じゃな!」、「『最低550億円』との見方」、「本番の間接選挙 なぜ変えんのじゃ」、「小さい州反対 改正進まず」がある。
 なぜこのような膨大なエネルギーと時間を使って多くの候補者から一人の大統領を選ぶのかという最も重要な点についての解説は全くない。記事の中には2000年の選挙で現在のブッシュ大統領に負けたゴア前副大統領が得票数で多数を占めながら当選できなかったこと、公営選挙にしない理由、米国の投票制度は最後の一票まで数えられない問題点(真実だろうか?)があることなどが触れられていた。最後は「フロリダの二の舞は今回も容易に起こりうる」と結ばれていた。いつものパターンでアメリカよなにを馬鹿なことをしている、日本方式に変えたらどうか。投票数くらい正確に数える改革をせよとの忠告である。これで、大統領選挙で多くの候補者が名乗り出て、長い間、お祭り騒ぎをして大統領を選ぶ理由が判る人はほとんどいないのではないだろうか。
 私の理解しているアメリカの大統領選挙の仕組みを紹介しておきたい。2年間という長丁場で草の根運動的な大統領選挙を行う理由が説明できるかどうかおぼつかないが。トクヴィルの本とアメリカ人自身が建国の際に連邦制を選択した理由を書きとめた「ザ・フェデラリスト」(A.ハミルトン、J.ジェイ、J.マディソン)を参考にした。自身で直接、資料を検討していない。アメリカで数年、研究生活を送った体験は参考にした。
 アメリカという国は、独立した州があって、州が連邦制の下で国家(the United States of Americaと呼ぶ理由を知っておかなければならない)を作っていることを理解しておかなければならない。アメリカと一言でいうが日本と国の成り立ちが全く違う。特徴として州と連邦政府は同じような政治権力を持っていることを上げることができる。ただ行使する権力の中味が違う。
 どの州も誇りを持っているので、当たり前であるが、彼らは全国投票ではなくて、州毎に予備選挙や選挙人を選んで大統領を選ぶ。一発投票で決めたいが、手間のかかる方法になってしまうのである。アメリカは建国当時、各州が南米のようにアルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、チリ、ペルー、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ等あるいは中東のようにイスラエル、パレスチナ、シリア、ヨルダン、レバノンと州を小さい独立国家とするべきか、州の独立を維持しつつ連邦共和制にするべきか、徹底的に議論がなされた。ギリシャの民主制都市国家の運命や、帝国の興亡などの分析の上に、知恵を絞って各州が独立するのではなく、各州の尊厳を維持しつつ、州の野放図な横暴を抑え国民の安全を確保するために民主主義的な連邦共和制を作り上げた。現在も州知事を勤めた人が次々と大統領候補として名乗りを上げる。クリントンもアーカンソー州という小さな州の知事から大統領になったと記憶している。後進国、特にアフリカでは現在でも隣接する部族間闘争によって多くの命が失われている。アメリカでも州同士の争いがあってもいいのである。実際、建国後南北戦争という大変な犠牲者を出した内乱を経験している。先走っていえば、EU連合はアメリカの連邦制をモデルにして、地域全体を活性化しようとの試みだと思う。
 さらにニュー・イングランドという小さな共同体で始まった、自由と平等を目指す民主制を連邦国家という国レベルで維持するためには色々な企みが必要であった。トクヴィルは貴族制から民主制に移行するのは歴史的必然であるが、民主制には貴族制に見られない多くの欠陥があることを指摘した。自由と平等を基本とするために利己主義の跳梁、物質的享楽の追求、好戦的な軍隊の創出、多数者の専制、大衆の政治的無関心などの弊害が出ること明らかにしてそれらについて詳しく論じた。その中で、民主政について回る、政治権力の専制に対して最も注意を喚起した。ここで誤解を生まないようにトクヴィルが社会思想家として活躍をした時代を振り返っておく。トクヴィルは共産主義社会のできるはるか昔、わたし達の時代で言えば江戸時代に民主主義社会の問題点を論じた思想家である。アメリカの建国(1789)はトクヴィル(1805-1859)の誕生前の出来事であり、アメリカは、トクヴィルの指摘を待つまでもなく、民主政の欠陥である利己主義や専制と闘うためにな色々な実際的な企みをすでに完成させていた。
 絶対民主政の理念は深い信仰に根差した国民によって支えられるので、欠陥を克服するためには国民一人一人が権力や富から離れて物事を判断したり行動できる貴族的人格を持つことを目指した。そのあたりが書いてある「ザ・フェデラリスト」からトクヴィルも多くを学んでいる。
民主政での権力の専制は独裁者の出現ということである。独裁者というとヒットラー、スターリン、フセイン、キム・ジョンイルを思い浮かべて指導者の個性が生み出す印象をわたし達は持っている。しかし民主主義国家の独裁者は主権者である不特定の多数の国民を指す。多数者の専制である。民主政の独裁者は不特定多数の国民であるので、一発の国民投票で大統領を決めると、とんでもない人物を最高権力者として選ぶ危険性がある。品格ある大統領を選ぶ国民の「自由の精神」を洗練する多くのシステムが整えられた。民主政は個々の私益を追求するために好都合な社会制度であり、好むと好まないとに拘らず、すべての国民は富や物質的享楽に夢中となり、政治的に無関心となり隷従を好むようになる。このような国民に選ばれた大統領がどのような資質を持つのか想像すればおおよそのことが推測できる。アメリカはそれを回避する手を打った。
 アメリカ全体で大統領候補として最も支持率が高いのは前ニューヨーク知事ジュリアード氏である。一発選挙では彼が選ばれる可能性が高いが、今までの予備選挙では彼は苦戦している。大統領は人気投票でないことを彼らは知っているのである。
 民主主義国では貴族を必要としない。ただ権力や富から独立した考え方を持つ貴族的人格を作るためには、自由の精神を持つことが求められる。トクヴィルは「自由の精神」を学ぶために、地方自治、陪審制そして国の権力の及ばないところでの小さい共同体での政治活動をあげた。「三つの自由体験学習」である。
 長いお祭りで大統領を選ぶのは、利己的で公共益に無頓着になる民主主義下の国民を啓発するための一つのシステムである。自由の精神を持つための訓練の場である。いずれも三つの自由体験学習に関連している気がする。私益を追求することは逃れられないが、私益だけにしか関心がない国民は国を滅ぼす。また自己自身も当座はよかったと満足できるが長い目で見ると本当に心から満たされない虚無的な人格を生み出す。自由ではない。欲望の奴隷である。私益をいくら増やしても、私益だけで暮していくことの虚しさは克服できない。私益を公共益に結び付ける努力が工夫されなければならない。あらゆることから自由になって正義について考えるようにならなければならない。お祭り騒ぎをしながら自己を啓発して、政治的関心を高め、自由に物事を判断できる人民主権を担うことのできる人格を大統領選挙で作り上げているのである。私益に熱心な民主的人間が、公からの援助を辞退できるほどの選挙資金を提供する。私益だけに執着しているものが選挙ボランティアとして無償の労働奉仕をする。国の強制ではなく自発的にお祭り騒ぎに参加する。私益を公共益に結び付けなければ本当に自立した社会人として満足できないことを学習して自分のものとする。物質的享楽だけで十分な気がするが、不思議なことに人間はそれで十分満たされたと感じない。自立した国民として国の指導者を選び、又4年間、国家を信頼して、私益の蓄積のために猛烈な産業活動をする。彼らは大統領や国家を自分達が作ったと信じてそれらを信頼している。実際、公共的善意を信じている。
 クリスチャン佐藤優氏はアメリカで多くのキリスト教たちが民主主義の理念の下で、愛することできる国家を作っていることを知ってかしらずか、「私のマルクス」と「国家論」で原理主義的な考え方をする一部のムスリムが言うように「国家は暴力装置である」ということを確信的にかつ説得的に語り続けている。国家は暴力装置なのか、国民のためのものなのか、わたし達が国家に対して抱くイメージとアメリカ人が国家に抱くイメージは天と地ほどの違いがあるようである。
 アメリカの大統領選挙は、州毎に大統領候補を選び、2年がかりで多くの候補者から一人の大統領を選ぶ。多数者の専制が起こらないための見事なシステムだと思う。建国の理念を守る努力をしている。幸いなことにアメリカでは専制的な大統領はまだ出現していない。どうしてブッシュのような人物が大統領に選ばれたかの説明が求められるであろう。私は日本のマスコミほどブッシュに憎しみを抱いていないが、アメリカもアメリカ大統領も神のような無謬な全能でないからと答えるほかない。

中曽根康弘元総理大臣のインタビュー
 大統領選挙の仕組みの解説を読んだ頃、中曽根康弘元日本国総理大臣に文壇でもよく名の知られた教授のインタビュー番組があった。憲法改正、教育改革、行政改革についての持論を述べたあと「首相の公選制が持論でしたね」という質問に、「現在のリーダーは議会での間接で選ばれるので強い指導力を発揮できない。大統領のような強い指導力を持つ首相が必要であるので、是非公選制を」と強調していた。彼は民主主義国家では多数者の専制の危険を排除する事がもっとも大切であるとの思想を全く持っていなかった。われわれは自立した国民であるので、国民からの信任を手掛かりに政治家は正しいと信じることを断固と実行すべきであるということであろう。楽観的すぎる気がする。続いて現在の小選挙区制によって支えられる二大政党制について問われて「二大政党制のために一選挙区に一人の公認候補しか立てられない。候補者は党から公認をもらうために、党の指導層に何も意見を言わなくなった。候補者の人物が小さくなったので政治が面白くなくなった」と89歳という高齢にも拘らず矍鑠として、日本の将来を語っていた。インタビューアーは今後の歩みに貴重な指針が与えられたとコメントした。持論の公選制では人民主権の原理に従うことを勧め、小選挙区の立候補者選びには、党の中枢の一部の人の専制を信頼する。選挙区から選ばれる候補者が党中央になぜ上がってこない。国民の政治的関心が薄いのではないか。わたし達はまだ政治に対して成熟した考え方を持っていないのではないかと指摘したら、私も安心できたのに。結局わたし達は政治についてほとんど学習しないで、人気投票だけに参加して、あとは中央集権化された政治家と官僚の指導に隷従する民主政が好きということなのだろう。歪な人民主権で満足できるのであろう。彼はロンとヤスと国の代表者をfirst nameで呼び合い、日米の親密な関係を演出することに先鞭をつけた。ただ彼のような民主主義理解の下で、米大統領と国際政治を語ると、心から軽蔑されたことがあったのではと本当に心配した。
 利己主義を克服するためにアメリカはどのような制度で戦っているのだろうかと問うた章でトクヴィルが語っていることを抜粋しておく。
 「自由な政治の下では、大多数の公務員は選挙される。魂の傲慢さのために、あるいは願望の不穏当のために狭い私生活に閉じこもる人々も、大衆なしには、何ごともできないことを日々痛感する。・・・・・・・・・・選ばれたいという欲望は、一時的にいくらかの人々を互いに闘争させるようにするかもしれない。けれどもこの同じ願望は、つまりはすべての人々に相互的な支持を与えさせるようにする。ある選挙が、二人の友だちを偶然に分離させることが起こっても、選挙制度は、常に相互に他人同士にとどまりがちな市民達を、永続的に接近させるのである。自由は個別的な憎悪を作るが、専制政治は一般的無関心を生む。アメリカ人は平等から生まれる利己主義に対抗して自由に闘争して、この利己主義にうち勝っている。 民主主義時代の社会に、極めて自然的なそして極めて有害な病弊を治療するには、国民全体に国民の代表を与えるだけでは十分だと、アメリカの立法者は信じていない。彼らはなお次のことを考えている。市民たちに対して、一緒に行動する機会を、そして彼らが相互に依存しあっていることを、彼らに毎日感じさせる機会を限りなく増やす目的で、あらゆる地方に政治生活を与えるようにすることが好都合である。」(A. トクヴィル アメリカの民主政治 下)。アメリカが長い時間をかけて大統領を選ぶのは、深い訳があるのである。多くの人が大統領候補に手を上げるのも健全な姿である。
 アメリカは軍事大国、経済大国だけで政治小国であるというわたし達の常識は本当に正しいのだろうか。ブッシュが神に「イラクをアメリカのような民主主義国にするために力を与えてください。この聖戦をやり遂げさせてください」と祈っているのではないと思う。他国の悪口というか憎んでいるだけでは新しいことは何も始まらない。わたし達の欠けていることを謙虚に振り返って、今すぐにでも国力を高める努力を払わなければ大変な時代が待っているような気がする。
続く。

Commented by 小山格 at 2014-09-19 22:48 x
素晴らしい書評を頂き、誠にありがとうございました。故人も大変喜んでいると思います。家族を代表してお礼申し上げます。
Commented by 寮隆吉 at 2014-09-21 01:12 x
2008年のBLOGの記事にコメントいただきビックリしています。6年前の駄文を読み直し、故小山勉先生のご業績の偉大さを再確認しました。こちらこそわざわざ書き込んでくださり、有り難うございました。
Commented by rr4546 at 2014-09-21 09:35
小山勉先生は偉大な社会思想家トクヴィルに匹敵する、私たちが誇っていい社会思想家でした。ご存命であれば、現在でもわが国の進むべき正しい道を示してくださったいたとと思います。残念です。
by rr4546 | 2008-01-24 16:26 | 日本人論 | Comments(3)