医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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寄り道 副作用を効果と判定している可能性がある症例ー抗認知症薬の認可

薬理学的効果を発揮する血中濃度が確保できるかどうか疑わしい少量の抗認知症薬の投与が認知症治療に最適であるとか、米ぬかの類が認知症コントロールに優れているとか、訳の分からない治療法(コウノメソッド)が、多くの実地医家に受け入れられている。現在医療保険で認められている至適投与量を定めた認知症学の権威たちがこの治療方針について異議を唱えたとの話も聞かない。河野和彦博士はますます意気軒昂でご活躍されている。
河野和彦博士が過量な投与量だと指摘しているいわゆる保険診療上認められている投与量で患者を診るべきか、あるいは博士が提唱する少量を投与して患者の経過を観察するべきか、わたしのようなヘボ医者は右往左往するしかない。
私が困るのは何も不都合を生まない。患者は一方から過剰だといわれる量で、一方からそれでは治療効果がみられないといわれる少量で治療を受けている。どちらが正しいか私には判断できないが、現実に治療を受けている患者はいい面の皮である。
少量投与という何も根拠のない治療法を生み出した背景には、各種の抗認知症薬の治験を行った医師たちの意図的か無意識下の抗認知症薬のいい加減な薬効判定があったというのが現在のわたしの見立てである。その根拠は現在No17まで書き続けている「認知症国際会議 コウノメソッド」にこれから書く。
臨床的観察で有効と判定できなかった治験で、彼らが持ち出してきたのはADAS-JやSIB-Jという専門の臨床心理士が数時間かけて行う問診式の臨床の現場でほとんど実施できない一見医学的かつ客観的なよそおいをしている認知機能を調べる評価法である。この詳細について日を改めて紹介するが、この方法で治験が行われなかったら、どの抗認知症薬も現在のように広く使われることはなかったであろう。しかも検査した項目(下位項目という)の詳細はほとんど公開されていない。その問題点についても近々触れる。
ドネペジル(アリセプト)はわが国の製薬会社エーザイで1990年代初めに開発された。認知症(アリセプトはAlzheimer型認知症(AD)、最近Lewy小体型認知症にも適応が拡大された)というビッグマーケットをターゲットにした薬で世界に先駆けて開発した製薬会社も喜びに沸いたであろう。実際この薬で莫大な利潤を得た。しかし不思議な経過をたどりわが国の臨床の現場で使われ始めた。
当然開発と同時に臨床効果が検討されたであろう。自国の開発した認知症に有効な可能性がある薬を、認知症に携わるわが国の野心に溢れた治験好きの医師たちが、ほかっておくわけがない。これは研究職に携わったものであれば理解できるが、世界で初めてアリセプトがADの治療薬として有効であるという論文を発表したことで彼の学者としてのステータスは保証される。認知症学会ではボスになれる。
しかし不思議なことに薬の臨床効果が報告されたのは、エーザイが製品を製薬会社ファイザーに提供した1997,8年ころ外国の学術雑誌であった。わが国では2000年になって初めてアリセプトの有用性がADAS-Jなどの評価法の導入によって確認された。多分それまでは期待に反してアリセプトには見るべき臨床効果が確認できなかったのであろう。もし効果があったとしたらその臨床研究はわが国から発信されて、世界の認知症に苦しむ人たちに薬は届けられていたことであろう。残念。
これだけ治験好きの世界に先駆けた仕事をしたい権威が集まっているわが国でアリセプトの薬効の確認が遅れた理由は何であろう。大体事情は推測しているが今回は書かない。そして治療薬として公的に認められるのも、開発したわが国ではなくアメリカであった。製薬会社の努力は、自国の患者にまず恩恵が与えられるはずではないか。
それから立て続けに他の3種類の抗認知症薬の薬効も確認された。これらの研究を主導したのは現在認知症学の権威と認められているH博士である。そのころ痴呆と呼ばれ必ずしも陽の当たる医療領域でなかった分野で地味に臨床研究に取り組んでいたH先生は外国で開発された認知機能テストの翻訳版を学会誌に次々に紹介した。彼の分野では翻訳するだけで学術雑誌に論文が掲載されるらしい。
それらの翻訳論文にさっと目を通すと、患者がどのように改善するかについてはほとんど論じられないで、いかに薬効を見るために有用であるかについて考察されている。薬効は患者に良い効果もあれば、患者に不都合な副作用も含まれるのは言うまでもない。
今回薬効を確認するために各社の学術の人とやり取りしたが、ある会社の担当者が「痴呆という厄介な病気を専門として、およそ製薬会社とも縁のなかった先生たちが、突然治験・治験の仕事やそして時代の要請もあり認知症の講演機会が舞い込み、躁状態になられ、間違いを犯さなかったとは言えないかもしれない・・・」と語っていたのは忘れられない。
アリセプトがわが国に登場した状況を簡単に述べたが、年代とか裏事情の記載について間違ったことを書いたかもしれない。現在手もとに資料がないので気が付き次第訂正する。誤りに気付かれたらご指摘いただきたい。訂正する。
次回抗認知症薬の薬効判定を書く時には、誰がどのような論文を書いているかについて私が集めたものはすべて紹介してその問題点を論ずる。少量投与の問題点を書く予定がどんどん寄り道に逸れてしまう。嗚呼!
ただこれらの事情を知って少量投与の本当の有効性を理解しないと、とんでもない間違いを犯す危険があるように思う。
本題である副作用を効果だと判定していると理解するしかない症例を紹介しておく。
78歳男性
平成24年夏ごろから体験したことを短時間で全く忘れるという物忘れが始まり徐々に進行。場所の見当識障害も顕著で家の周りを徘徊しはじめた。
徘徊を認知症の周辺症状と理解している臨床医が多いが、わたしはADに特徴的な場所や時間の見当識障害によって招来された中核症状と考えている。徘徊によって事故が起これば全部といわないが主治医と家族がその責任を負うべきだとわたしは考えている。徘徊という認知症の中核症状の対応を指示しない主治医の責任は重い。
地域の認知症基幹病院でADとの診断を受け、抗認知症薬の投与を受けていた。しかし認知機能障害は徐々に進行し、抽象的な思考様式や着・脱衣や入浴に家人の介助が一部必要となった。その間無意味な多弁や、夜間の不穏が進行し、認知症の周辺症状の増悪と考えられ抗精神病薬の投与を受けた。平成26年8月からわれわれの施設のショートステイを利用するようなり、本年はじめに入所するまで3-7日のショートステイを33回利用した。入所中の言動について主治医にその都度報告。主治医は家人にこれは認知症特有の行動・精神障害(BPSD)と説明。
平成26年12月自宅で転倒。左麻痺が出現し、治療を受けていた病院で右脳梗塞と右中大脳動脈狭窄を指摘され、入院加療を受けた。左不全麻痺は残ったが一人で歩けるようになるまで改善。ただそのころから、自宅の中でも歩き回り、自動車のカギはないかなどの無意味な多弁そして昼夜逆転が出現して本年初めから現在までわれわれの施設に入所。落ち着かれたので4月2日退所予定。
入所時の処方
1 レミニールOD(8) 2錠 2x分
2 ザクラス配合錠HD 1錠
3 ガスター(20) 1錠
4 バイアスピリン1錠
5 抑肝散 5.0g 2x分
6 タムスロシン塩(0.2) 1錠夕
7 アスパラカリウム300  2錠 2x分
8 クレメジン 2g  1x分 昼
9 セロクエール(25) 2錠眠前

続く

by rr4546 | 2016-03-30 17:15 | 医療関係 | Comments(0)