医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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認知症国際会議 No10  利益相反とマインドコントロール

認知症の診断や治療についていろいろ疑問に感じていることを書いている。認知症の60%以上がAlzheimer型認知症(AD)と診断されているが、典型的なADは現在考えられているより少ないのではないか。前頭葉あるいは側頭葉の神経細胞が変性・死滅して発症する認知症(前頭側頭型認知症というべきではない。前頭葉認知症あるいは側頭葉認知症と区別するべきであると思う{横田修、土谷邦秋:Pick病の臨床と病理:49:235-248,2009臨床神経学})、あるいは加齢によるいろいろな機序によって招来される脳萎縮がADと誤診されているのではないか。早期診断と称して単なる加齢などなどの物忘れを、ADと誤診して、薬が効いた効いたと囃し立てているのではないか。抗認知症薬で病状が落ち着いているという患者はわたしの経験では大部分が誤診である。糖尿病性認知症のかなりの例は、低血糖由来の脳障害による認知障害ではないか。抗認知症薬の効果は誇大広告されているのではないか。薬がよく効くといっている専門医は、治験では効果の確認されていない低用量を投与して、副作用が出ないのを効く、効くといっているに過ぎないのではないか。このことについては改めて論ずる。アセチルコリン欠乏から招来される認知障害と変性・死滅した細胞由来の認知障害の区別が全く考慮されないで治療計画が立てられているのではないか。抗認知症薬の副作用がBPSDと診断されているのではないか。認知症が医療の対象になってから、BPSDのために入院加療を必要とする患者が激増したのではないか。10年以上の前にも今のように手におえないBPSD患者がいたとすれば、いまだにBPSDがうまくcontrolできないのは、認知症医療に携わる医師の怠慢であろう。認知症の治療目標が一般医家の間でしっかりと議論されていないのではないか。認知症患者を日常的に診ているしがない医者の現在の認知症医療現場に対する感想である。この辺りを整理しないと、認知症患者を診ていても職業的満足感は得られない。
認知症の鑑別診断については、今でもいろいろなチェックシートを工夫して行っているが、これといったよい方法に行き当たらない。多くの認知症患者に接して、感じとる印象が一番診断に有用であるというだけではあまりにも非科学的である。来年、菩提寺の新年会で「認知症の話」をすることになっている。その時までには、批判に耐えうる鑑別診断をまとめたい。今まで鑑別に触れてきたが、どれもこれも十分ではなかった。
今回も、抗認知症薬の効果についての話である。親しい神経内科医Y兄に「抗認知症薬の効果はあると思うか」と尋ねたことがある。数例の経験で進行遅延があるかないかは判定できない。専門医たちが偽薬群に比較して、認知障害の進行が緩徐になるとの成績を信頼するほかない。薬の効果については少ない経験で勝手に判断してはならないと述べてきたものには、反論できない言い分である。権威たちのご託宣-何を治療目標にするかにつては触れない、いやADAS-JスコアやSIBスコアーを都合のいいように解釈して耳触りのいいことをいうのであろうーが薬の売り上げに直結する。
ただ一度出現した記憶障害、失認、失行、抽象的思考の障害が改善された経験はない。勿論、認知症という病気と診断された根拠である、社会や家庭生活で起こった不都合が、抗認知症薬の投与で、社会復帰できた、穏やかに家庭生活が送れるようになったという経験もない。不穏、易怒性、傾眠、眩暈、時に超高齢者では食思不振、便秘そして心不全などの重篤な副作用があっても、投与が続けられている。専門医の中には、副作用がある群は薬に反応する群であり、我慢しながら使い続けるよう勧めている。嗚呼!
抗認知症薬がこれほどまで広く使われているのは、わたしには優秀な一般医家が誰かにマインドコントロールされているせいとしか思えない。騙した方も、騙された方も自覚がないが。
6月に横浜で開催される老年学会で「認知症診療の実践セミナー」と称した1.認知症を理解するために必要な老年医学、2認知症診療の実際を内容とした研修会が開かれる。開催主体は第29回日本老年学会総会、第59回日本老年医学学術集会そしてエーザイ株式会社となっている。
最近、資金の潤沢な製薬会社が医学研究者を囲い込んでいるのではないかと医療界に疎い人が驚くような関係が明らかにされた。
日本内科学会は言っている。
「人間を対象とする医学研究を産学連携で行う場合に考慮を要するのは、他の領域の産学連携研究とは異なり、医学研究の対象・被験者として健常人、患者などの参加が不可欠であるという点であります。したがって産学連携より 医学研究に携わる者には、一方において研究者として資金及び利益提供者である製薬企業などに対する義務が発生し、他方においては被験者の生命の安全、人権擁護をはかる職業上の義務が存在します。同一人におけるこのような二つの義務の存在は、単に形式的のみならず、時には実質的にも相反し、対立する場面が生ずることになります。1人の研究者をめぐって発生するこのような義務の衝突、利害関係の対立・抵触関係がいわゆる利益相反(Conflict Of Interest : COI)と呼ばれる状態です。換言すれば産学連携で行われる 医学研究は形式的に見るかぎり、ほとんど利益相反の状態にあると云えます」(医学研究の利益相反に関する共通指針抜粋 日本内科学会)。
製薬会社が後援していることを堂々とうたっているので、今回の「認知症診療の実践セミナー」は製薬会社、医療関係者そして患者のいずれにも役立つものなのだろう。わたしの経験では、いくら研修会を受けてもほとんどの実地医家は「ボケていれば鑑別診断をしないで、即ADあるいは混合タイプと診断して、抗認知薬の投与をがばがばとする」ということを学んでくるだけである。セミナーの場で製薬会社の有能な幹部は、どの演者が自社にとって最良のセールスマンになるか厳しく値踏みしている。権威は威張っている。製薬会社は講演料を差し出して、腰を低くしている。しかし笑っているのは誰か?このような患者を抜きにした茶番から、医療界も卒業しなければならない。認知症は国民病である。そんなことをしている暇はない。ただマイドントロールは強力に広がるであろう。
わたしの所属する地区医師会も認知症の研修会をしている。いつも薬屋のセールスマンのような演者や抗認知症薬を開発したといわれている、患者も見たことがない製薬会社元研究者(どこの教育機関で基礎を学んだか知らない)を呼んでいるので、製薬会社の援助を受けるバイアスの入る勉強会を行うべきではないと担当幹事に具申した。「講演する医師の講演料を誰が払うのか」と一蹴された。製薬会社にたかるのが当たり前だというわけである。どの権威が認知症について造詣が深いかの情報も持っていないし勉強もしていない。日常診療で忙しすぎる。
神経疾患は偉い人の話を聞くより、実際の症例に当って腕を磨くしかない。老健施設ではいろいろなタイプの認知症患者を診ることができる。3か月間、1週に二回、患者に接するだけで、認知症患者のイメージが身につくと、認知症の研修方法について提案したが、何を言っているのだと相手にされない。嗚呼!
わたしの最善だと思う方向も考えてくれたら・・・・・・。偉い先生の話を聞いて勉強した気になっている。振りをしている。消化不良の状況の中で腑に落ちないところから歩みださなければならない。
学会レベルでも認知症治療薬を収入の柱にしている製薬会社と手を組んで認知症研修会をすれば、地域での認知症研修会はますます荒廃していくであろう。薬漬けの患者は増えるばかりである。患者が落ち着けばまだ救われる。不穏、易怒性、傾眠などが増えて、家族は苦しんでおられる。家族は認知症とはこういうものと耐えておられる。主治医も認知症のBPSDの増悪と信じて、自分の処方を見直すことをしない。嗚呼!
厚労省の認知症対策に取り組んでいる役人も、現場で認知症研修会がどのような形で行われているのかしっかりとメスを入れるべきである。地域の研修会の驚くべき実態を明らかにしなければならない。製薬会社が都合のいいように仕切っている。
本当に患者に役立つ認知症対策を実施しなければならない。今の方法のデメリットに対して目を向ける指導を行わなければならない。
偉大な先輩の力技を生かさなければならない。


by rr4546 | 2015-05-12 19:10 | 医療関係 | Comments(0)