医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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「私は誰になっていくの?アルツハイマー病者から見た世界」感想 No.3 認知症対策

ボーデン氏は現在でもネット上にホームページを開設して近況を発信している。孫を抱いて、お元気そうである。日本の着物姿も公開している。日本に好感を持っておられるのであろう。認知症を思わせる症状が出始め、確定診断を受けて(1993年)から20年弱経過した本年3月にロンドンでの学会で講演をしたこと、10月から11月にかけて3回目の日本訪問をする予告も載せてある。私がよく診ている患者とは、全く異なる臨床経過を示す。アルツハイマーと診断されたすべての患者は、治療を受けていても20年も経つと人物認識や言語的コミュニケーションが障害され、4,5歳以下の日常生活の自立度や判断力しか持っていないのが一般的である。一体この本は何を伝えるために書かれたのであろうか。
ボーデン氏がアルツハイマー病と診断された経緯と根拠を、彼女の記述からみてみたい。44歳(1993年頃)の彼女は有能な国家公務員として部下20―30人率いて、科学技術的な国の将来を決めるプロジェクト作成のために、週70―80時間という長時間の重労働に従事していた。猛烈キャリアウーマンである。しかし彼女の努力は報われることなく、政府は別の方向に踏み出し、部下たちから怒り、憤り、不信の標的にさらされた。ほぼ同時期に、長女の大学受験の失敗や自傷行為に悩まされ、その上夫のDV、そして離婚へと荒廃した家庭生活を送り、人生の危機に直面していた。当時の自覚症状は「燃え尽きて疲れきっている」といううつ症状と持病の「偏頭痛」であった。そして彼女が医療機関を訪れた(1993年)きっかけは、「出勤途中で曲がり角を間違えたり、時に文章中に『抜け落ち』があったり、人の名前が思い出せなかったりすること」とストレスの多い時には誰でも経験するような些細な症状があったからである。これらのエピソードからは、アルツハイマーに特徴的な体験記憶障害を思わせる所見はどこにも見当たらない。失敗をした状況や体験がリアルに具体的に書かれているからである。アルツハイマーは失敗した状況をすっぽりと忘れるのを特徴とする。預金を下ろしたことを忘れて、たびたび金融機関に出掛ける、買い物をしてきたことを忘れて、同じものをまた買いに行くという体験記憶障害から来る頓珍漢な振る舞いが彼女には全くない。
頭脳明晰な彼女は些細な失敗が、自分の勘違いによると認められなかったのであろう。わが国にも、全身の筋肉が麻痺して、かなり長い間寝たきりの生活を送った生物学者がいる。専門医を訪ねて、認知機能テストや脳のSPECTなどの機能画像診断を受けて「アルツハイマー病」と診断された。そして彼女自身の闘いによって、彼女の若さでは異例な年金生活に入ることとなった。認知症患者が将来を考えて戦う、わが国の患者は余りにも控目過ぎるではないか。
続いて「アルツハイマー病になるとどんな感じなのか?」という項を設けてアルツハイマー患者の心象風景を描いている。「絶壁に爪を立て、張り付いている感じ」といううつ症状や、時間や場所の見当識障害を思わせる症状を上げているが、それらの症状を冷静に眺め、病識はいつも保たれている。一般的にアルツハイマー患者は病識をほとんど持たないで、意外と明るい印象を与えるのを特徴とする。
この本は診断7年後に書かれた。本の内容から推察すれば、ボーデン氏は並みの人よりはるかに記憶力が保たれていると言っていいであろう。7年前の出来事をこれほど詳細に正確に書く能力を持つ人はそんなに多くはない。
「目が覚めて、話そうとすると、どうしたことか頭の中の文から言葉がー跡形もなくー消えてしまっている。言おうとしても、全体の意味の感じはつかんでいるのに、大事な構成部分が抜けている。ゆっくりと口が待っていると、ぼんやりと霧のかかったような脳は悪戦苦闘しながら、ふさわしい言葉を見いだし、正しいかどうかを考えながら、注意深くゆっくりとそれを言う。集中しなければ、知ってのとおり、何か馬鹿なことが起きるのだ」と告白するが、その彼女が発病後(1993年)、2005年までに3冊の本を上梓している。特に今回紹介している、診断8年後(2003年)に書かれた「私は誰になっていくの?アルツハイマー病者からみた世界」の付録の「アルツハイマー病とはどのような病か?」のアルツハイマーに関する症状、経過、鑑別診断の解説は専門医学書クラスのレベルで、とても集中していなければ馬鹿なことを仕出かす能力のものが書ける代物ではない。うつ病による認知症様状態(仮性認知症)がアルツハイマーとよく誤診されるとの指摘など、私にも参考になった。彼女の知的レベルは、通常の人以上と考えてよいであろう。記憶障害が特徴的でないだけでなく、アルツハイマー患者によく見られる判断力低下による振る舞いもない。何かキツネに騙されているようだ。
この本を読むと、アルツハイマーも対応によっては、かなり人並みの生活が送れると思う方も多いであろう。認知症患者に接する機会の少ない人は、認知症もそんなに厄介な病でないと勘違いされるかもしれない。その理由として、彼女はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬であるタクリンーわが国では未発売。わが国ではタクリン以上の臨床効果を示す薬が広く使われているーの服用と信仰を上げている。認知症進行遅延薬と信仰は本当に認知症治療にこれほどまでに有効なのであろうか。アルツハイマーの時の神頼み、神様はそんなに都合よく働いてくださらない。
読めば読むほどこの本は何を目的として書かれたのか、皆目理解できなくて往生する。アルツハイマーの啓蒙書とはとても言えない。余りにも非定型的な症状を示す患者の書いた本だからである。アルツハイマーは今でも進行性で最終的には人格の廃絶をきたす、原因不明の難病である。この本はこの厳粛な事実を全く伝えていない。彼女は発病後、本を書くだけではなく、再婚もしている。認知症を発症して、家庭生活を破壊する人はいるが、再婚するような人は、わが国にはいないのではないだろうか。わが国の認知症治療に問題があるのであろう。専門医よ!頑張っていただきたい。
この本を根拠にして、アルツハイマーの早期診断・早期治療という現実離れした国家目標が立てられたり、認知症新時代というセンセイショナルなテーマで認知症治療に希望が見えるような、途方もない公共放送の番組作りがなされたりされないことを祈るばかりである。現実を見ない人たちは、嘘八百のアジテーションに容易に取りこまれ、勝手な妄想を楽しむのを常とする。虚しいことだけれど。最近の10年にわたる医療に関わる国家戦略プロジェクトを仔細に見れば、それがよく理解できる。素人が誰かの手玉に取られている。
私の率直な感想は、アルツハーマー型認知症の早期診断がいかに困難かということと、いかに多くの誤診を生むかという厳粛なる事実が世界中にあることをこの本は示しているだけということである。この本は、これから取り組まなければならないアルツハイマーへの正しい対策に寄与するどころか、絵空事の方向をあたかも可能かの如くの錯覚を生みだす。悪質な本と言っていい。
しかしこの本をよりどころにしたような、現実はまだまだ研究段階であるアルツハイマーの早期診断・早期治療が国家戦略として立てられた。そしてあらゆる分野で大変な努力が払われている。その努力はアルツハイマーでもないのに、誤診されて認知症進行遅延薬の投与が行われ、認知症が医療で何とか対応できるかの如くの情報をマスコミが垂れ流す、面妖な事態を生んだ。
私たちは現実を真面目に直視して、アルツハイマー患者と共生していく社会を真摯に作りあげねばならない。実体のない夢物語で対応できるほどアルツハイマーは軟ではない。
認知症患者のために日夜汗を流している、介護・医療関係の人達を愚弄するような本がいまでも版を重ねている。悪夢を見ているようだ。認知症と名乗ってひと稼ぎできることを、この本は示している。悲しいことだ。

by rr4546 | 2012-05-16 00:20 | 医療関係 | Comments(0)