医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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認知症診療現場―認知症患者の尊厳 No.5 認知症の早期診断・早期治療 この10年の認知症診療

 アルツハイマー型認知症の早期診断と早期治療のテーマに入る前に、アルツハイマー型認知症医療がこの十年間でどのように展開されてきたのかについて、わたしの理解する範囲で簡単に述べる。誤解していることも多いかもしれない。
 約十年前に治療薬アリセプトが登場した時は、認知症も薬によってコントロールできる時代が来たと製薬会社は大層張り切ったらしい。マスコミも認知症医療に新しい風が吹くと、製薬会社以上に熱心に啓蒙活動に力を入れたらしい。大学の信頼できる先輩が、「認知症も薬で治る」という雰囲気になっていたと教えてくれた。ただわたしの経験ではアリセプト服用によって数カ月から半年くらいは、言語的表現や、活動性が改善され、外来だけの短時間の診察では大層効果がある印象を持つ症例もあるが、記憶障害や判断力低下による頓珍漢な生活は改善されず、家族の介護が楽になるどころか、介護に一層手がかかる状況を生み出している場合が多い印象を持つ。アリセプトが一体何を治療しているのか、注意深い検討が必要であろう。退行変性が進み、死滅していく脳の減少しているアセチルコリンを補うことによって、どの機能を活性化させているのか、詳しい報告をみたことがない。海外の研究では服薬によって介護施設に入る時期が1,2年遅れたと報告されている。わたしの経験では、患者が家族の手に負えなくて介護施設に入所する時期は診断後、平均4,5年で、治療を受けていたお陰で、数年も伸びた症例の記憶はない。
 一方、アリセプトを飲んで2,3年ほとんど認知障害が進行しない症例に遭遇することがある。このような症例は、うつ状態、せん妄、慢性アルコール中毒、多発性ラクナ梗塞などにみられる記憶障害を、アルツハイマー型認知症と誤診した例が大部分を占める。これらの症例はアリセプトを止めても認知障害の増悪はない。実地医家の一部は誤診をしてアリセプトが効いた、効いたと信じ込んでいる場合が多いのではなかろうか。
 小生10年前は、認知症治療現場と全く無縁なところで研究・臨床に携わっていたので、その当時の認知症関連のトピックスについて全く記憶がない。専門領域以外であれば、かなり世間を賑わした出来事でも、無関心のままに過ぎ去っていくのであろう。認知症を薬で改善できるというのは、実際の現場、特に家族の間では、あまり信用されていないのではないだろうか。進行を抑える効果があると言われて、それを信じて必死に内服を続けているだけのような感じを持つ。服薬治療を受けたが結局、人格が廃絶し、その間にいわゆる周辺症状などが出て、家族の心労は大変なのは10年前も、今でもあまり変わっていないのではないだろうか。
 認知症の薬物療法が臨床に導入された時の熱気については知らないが、わたしが認知症を診るようになった5年前頃は、アリセプトを通常の5mgから10mgに増量すると、重度の認知症でも進行が抑制されるという話題で盛り上がっていた。どの時点で増量するかの講演会が花盛りであった。ただ重度と判定する時期も、人様々。今でもこの時点でアリセプトを増量するという明解な診断基準はない。講演を聞いてもよく理解できなかった。わたしは言語的コミュニケーションや人物認識に障害を来した時点で重度と診断する。言語的コミュニケーションや人物認識に障害を来し、判断力が著しく低下し、介護が大変な時期に、患者を医療の対象にする意味があるのか、実際重度の患者をみる機会の多いわたしは日頃から疑問を抱いている。見過ごせないアリセプトの副作用もある(「症例から学ぶ高齢者疾患の特徴とその対応」金芳堂参照)。その副作用を認知症の周辺症状と主治医も家族も誤解している場合が多いのは悲しい。ともあれ効果判定が難しいと思われる場合は、治療をすることを家族が望まない限り行わないことにしている。
 ただ重度の症例への10mg投与の有効性に関する講演会は頻回に開催された。演者は巧みに「もっと早く倍量投与が保険診療で許されていたら」という殺し文句を講演の中で繰り返す。そして実地医家は、自分の患者にはなるべく早く投与を開始しようと刷り込まれた。自分もその一人であった。実際この数年は軽度、中程度等でも多くの症例で、倍量の10mgが投与されている例にお目にかかるようになった。投与量を増やせば、重度でも効果があると教えられれば、なるべく早めに増量して治療をしたいと考えるのは、当然の成り行きである。倍量投与が保険診療で認められるようになって、認知症治療現場は一層混乱した印象を持つ。
 倍量投与が全国津々浦々に広がったころから、わが国では認知症の早期診断・早期治療が叫ばれるようになった。厚労省のホームページにも早期治療がうたってあった。早期診断法もないのになぜ、早期治療か、早期診断法こそホームページに公開するべきであると申し入れたが、毎度のことで、風変わりな医者がいるものだと体よくあしらわれた。しかし国の後押しもあって、製薬会社は認知症の早期診断・早期治療の講演会を頻繁に開催した。
 軽度の認知障害(MCI)が認められるかなりの症例でアルツハイマー型に移行することが繰り返し語られた。そして今では、驚くことに学会でも早期の認知症と診断された患者自身が自分の思いを語るような企画が持たれるようになった。初期だけでなく、時に中程度のステージでもアルツハイマー型認知症かどうか迷うことのあるわたしには、自分の気持を語れる人をどのように認知症と診断したのか不思議な気持ちを持つ。早期の人が認知症とカミングアウトして公衆の前に出てくること自体、異様な光景に見える。何か専門医が診察すると、早期に認知症と診断できるのかと焦ったりもした。当初は、専門医は早期診断に優れていると信じていたので致し方ない。専門医も実地医家と同じ程度の診断技術しかもっていないことが判った現在では、早期診断・早期治療など軽々に言ってはならないと深く自戒している。そしてTV番組に出演する患者が誤診されているのではないかと遠慮なく指摘できるようになった。いずれにせよ、自分の気持が伝えられる時期に、認知症と診断されてその診断を素直に信じることができる人たちがいること自体、わたしには不思議でならない。彼らは、アルツハイマイーは今でも根治治療はなく、最後は人格が廃絶して、すべてのことを人にやってもらわなければならない時がくることを知っているのだろうかと、悲しい気持ちにさせられる。認知症は初期でも、病識がないのが特徴であると理解しているわたしには、異様な光景である。病識に乏しいので、頓珍漢なことをして家庭生活を破壊するのが一般的である。不思議なことにかなり進行した認知症患者でも、医師の前では取り繕いといって、正常と思われる会話をする。その患者が付き添ってきた妹を、亡くなった妻だと平然と言うのを聴いて、愕然とさせられることは多い。家族の情報が今でも一番診断に重要である。
 一体何のための早期診断・早期治療なのであろう。国の後押しもあってか雲をつかむような内容の早期診断・早期治療が認知症対策の切り札として実地医家の間でもてはやされた。益々安易に認知症と診断する風潮が生まれた。そしてビタミン剤を飲むように、記憶障害があるとアリセプトが処方されるようになった。このような医療現場を生んだのは、早期診断が可能だという、一部の専門医の講演会が広く行われたからであろう。早期診断・早期治療が導入されて一層治療現場は荒廃した。そして今は、新しい三種類の認知症の進行防止薬が売り出され、4種類の薬の使い分けの講演会が花盛りである。
 この十年間のアルツハイマー医療は、より早くアリセプトを投与して、重度になればさらに増量して治療する、アリセプトをいかに多く処方するかという製薬会社の思惑に従って進められたように思う。原発村ではないが、アルツハイマー村といっていい、製官学がタッグを組んで、アリセプトを早くそして長期間服用することが、アルツハイマー病と闘う道だという虚妄の物語が作り出されたと思う。糖尿病村、高血圧村そしてうつ病村もあるのではないだろうか。笑い話のような展開であるが、これは余りにも患者を置き去りにした10年間ではないかと思う。独りよがりの分析だろうか。進歩したことといえば、介護の工夫によって認知症患者もかなり穏やかに生活できるようになった。その一つの方法を拙著「症例から学ぶ高齢者疾患の特徴とその対応」に書いておいた。
 欧米では、早期診断をして一日でも早くアリセプトの服用を始めるという安易な早期診断・早期治療と全く違った試みが行われている。早期診断法の最先端の技術を使った確立に関する研究や、根治治療を目指した薬の治験が行われている。早期診断・早期治療の実際を書かねばならない。真面目な取り組みを紹介しておかなければ身も蓋もないではないか。
続く

by rr4546 | 2011-11-09 00:44 | 医療関係 | Comments(0)