医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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「一神教的思考様式を学ぶ―創世記―」感想への返事

TO兄
 小生の「一神教的思考様式を学ぶー創世記」に、全面的に朱筆を入れてくれて有難う。句読点の打ち方、助詞の使い方、悪文の整理の仕方そして引用文献の扱い方、そしてまだ君は本を書く筆力がないとの手厳しい批評。文才もないのに、言い残しておきたいことだけがあるので、止むおう得ず書いているという家内作業ですので、職業的な文筆家から見たら我慢ならないことばかりだったことでしょう。ミリオンセラー作家の指摘ですので、すべて納得しました。本などを書くべきではないとのご託宣ですが、「老人医療のイロハ」そして「医療と介護」の二冊を書く準備をしています。その際は、君の今回の指摘を参考にしたいと思っています。
 ただ内容についての批判に対しては一言。趣旨が混乱していて君は天地創造と進化論のどちらを信じているのか、内村鑑三を批判して若者に内村の本を勧めるとは何事かなどなど。そして話があちらこちらと飛躍すぎると、流れが追えないで頭にきている感じがよく伝わりました。
 文章はともあれ、展開するロジックに対する君の批判に一々こたえるには、短い手紙では不十分ですが、基本的な僕の立場だけを書いておきたいと思います。
 被造物である人間が、人間として立つためには、創造主という自分とはまったく異質な他者に出会う必要があります。奥田昌道(元最高裁判事)先生の小さい集会に出ていたときは、先生の真摯な信仰生活に少しでも近付こうと、先生の言葉のすべてをメモして、自分なりに理解するよう努めました。説教をビデオで繰り返し見たものです。しかし、先生は創造主と違った被造物との自覚を持つことに、余り関心を持たれなかった。そのために先生は、キリストとの本当の出合いはなかったように思います。創造主とは全く違った被造物であるとの自覚を持つには、余りにも人格的に優れ、その上に社会的にも功なり名を遂げられたことも、神ならぬ欠点だらけの被造物であるとの自覚を持つ、妨げになっていたのかもしれません。
 そしてカトリック司祭の雨宮教授のお話を聞いて、多くの限界と欠点のある被造物であるとの思いに心から腑に落ちたとき、僕にとっては神がなければ僕ではありえないとの精神世界が出来上がりました。そういう意味で、天地創造によって命を与えられる以外の自分はない。天地創造を深く信じています。
 多分この説明も、君にとってはチンプンカンプンだと思います。この体験を、後書きで「闘って勝った神に帰依する」(創世記32章25-29節)というヤコブの信仰世界が、十字架で殺されたキリストを信じる精神世界と同じ、あるいは砂を噛むような思いでしか読めなかった聖書が、歳を重ねるにつれて興味深い書物になったと表現しておきました。神にひれ伏して、信仰世界を持つというのが一般的な信仰者の姿でしょう。僕の精神世界はそれとは全く様相を異にしています。現在の聖書の読み方は、学生時代と根本的に違っているのです。
 旧約にせよ新約にせよ読んで自然に心に沁みこんできますか。心に引っかかる描写ばかりにたじろいで、立ち止まってしまうのではありませんか。逆に読みづらかったところが、ある日突然、大切なメッセージを語っていることに気が付いたことがありますか。今の僕はどの個所を読んでも、発見ばかりで、このような叡智に溢れた本が、廃れることなく長く読み継がれてきたことに感動しています。
 新しい出会いを経験した後と前とでは見える世界が全く違います。今回の僕の本は、そういう体験を持ったことがない人には極めて難解だと思います。ある日、聖書の読み方が180度変わったという体験なしで、今回の僕の本を読めばロジックは飛躍だらけだと感じるでしょう。聖書が素直に読めないように。本の中でよく引用したホッブスの「リヴァイアサン」とトクヴィルの「アメリカのデモクラシー」を同封します。これらの本が現代を成り立たせている原理・原則を描いていると納得できますか。多分、チンプンカンプンで頭にくると思います。
 僕たちには窺い知ることができない精神世界があるということに謙虚でありたいですね。そしてアブラハム、ヤコブ、ホッブスそしてトクヴィルと同じ魂を持つよう励みたいですね。彼らの知恵を身に付けなければ、気が付いたら、犬猫の世界で右往左往しているだけだったということになると思います。世界の人たちは知性と理性を洗練し続け、高みを目指しています。乗り遅れないようにしたいですね。
 今回の僕の本は、歳を重ねたら世界がこう見えるようになったことを書いたのです。信仰入門を書いたのではありません。言い換えれば、若い時の思考過程とは全く違った思考過程で、医療に取り組めるようになった。日本人と欧米人の思考過程の違いから、全く様相を異にする社会が出来上がることがよく判ったということを書いたのです。そのために本の題名を、信仰入門ではなくて、一神教の思考様式を学ぶと銘打ったのです。
 考え方の基盤が僕と違っていれば、僕の本は難解で飛躍ばかりのお喋りに響くことでしょう。しかし、普遍的で永遠の価値を持つ世界を垣間見るためには、アブラハム、ホッブスそしてトクヴィルの精神世界に親しむほかないと思います。
 僕が深い精神世界を持っていると自慢しているように響きますか。君も知っているように、僕は敬虔さや、謙虚さや、信仰深さからかけ離れた生まれたままな野卑な人間です。まだまだ、魂を磨かなければならないことを、深く自覚しています。こんな品のない、欲望に弱い宗教者はいないですからね。

by rr4546 | 2010-12-26 10:17 | 宗教 | Comments(0)