医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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7月18日放映テレビ番組「認知症とともに歩む」感想

 7月18日午後6時から、NHK教育テレビで放映された「認知症とともに歩む▽若年認知症・その本人の思いを聞く▽地域とのきずな」を見た。悲しくなった。矢張り、認知症医療現場は荒廃していることがよく判った。認知症治療の中心的役割を果たすことが期待されている国の医療機関の医師が、「鍋を焦がすことがある」ので、認知症ではないかと心配する老婦人を診察している現場が放映された。問診の後、認知機能テストで満点を取って、見ていても認知症ノイローゼではないかと思われた。しかし夫人の脳の画像検査がオーダーされた。異常がないということであった。認知症を示唆する所見があれば、認知症と診断したのであろうか。このような方が認知症であるかどうかを診断するためには、家人に最近の様子を聞くことが一番重要である。その情報を得たのかどうかテレビには映らなかった。その上、忙しい診察の合間に、息子さんに電話をしてオール電化にするよう助言をしていた。医師の仕事ではないであろう。現在高齢者が何か日常生活に困れば、各地域に地域包括支援センターがあり、訪ねれば生活支援のためのきめ細かいサービスが提供される。主治医は区役所などの公的機関を訪ねなさいの一言で、彼女の心配事を解決することができた。知らないのであろう。認知症外来はそんなに暇なのであろうか。
 そして10年前から認知症に新しい薬が保険診療で認められたと、アリセプトの薬の解説をした。認知症外来はアリセプトの処方以外、何もすることがないのであろう。アリセプトの投与によって、1.感情表現が豊かになる、2.意思表示がはっきりする、3.自発性や周囲への関心が高まると、認知症の進行を止める薬として保険診療が認可されている薬の適応外の効能を強調していた。確かにこのような効果が観察できる症例もある。ただなぜかわざとらしい躁状態で、私は効果というより、アセチルコリンが上昇したために非生理的な脳活性化が起こって出る精神症状のような印象を持つ。間違えば不穏、興奮、易怒性に転じていくような。アリセプトを止めると落ち着かれる。そちらの方が自然な感じがする。ただアリセプトが認知障害を治療する薬だと、不勉強な人に誤解させる解説である。勿論、E医師も上記の効果を期待してアリセプトを投与していれば、保険医の資格が取り上げられるであろう。アリセプトの副作用については全く触れない。いや知らないのであろう。それにしても、処方を切ることができない素人の方に、薬の効能を解説する意図は何であろう。薬好きの人に、あの薬あの薬と言わせるだけである。素人の知っている薬を出さなかったら、信用を失うと、その薬の処方箋が巷にあふれる。高齢者は心配しなくても、有り余るほど薬を飲んでいる。アーアー。
 不必要な検査のオーダーをする。診断の手順の中に身近な人の観察を取り入れない。アリセプトの適応外の効能を説明する。アリセプトの副作用に触れない。私の周りに「物忘れ医」を標榜する実地医家が多くいる。たしかこの医師が働いている機関が、音頭を取って、医師を研修しているはずである。物忘れ医が何も意味のない標榜医であることが良く判った。指導医がこの程度のレベルで認知症医療に携わっていれば、教育することはピントはずれなことばかりであろう。実際、物忘れ医はアリセプトの処方を切ることを自分の仕事と考えて、ボケていればなんでもかんでもアリセプトを処方している。その後始末が大変である。
 若年性認知症患者のO氏ご夫婦が登場されたのにも驚いた。3,4年前にO氏は認知症であることをカミングアウトされて、テレビによく出られるようになった。認知症であっても、社会から疎外されるのではなく、皆と生きていきたいことを訴えられていたと記憶する。53歳で発症して現在60歳。若年性認知症はアリセプトも効かない。医療的には何もしてあげられることがない。短期間に重度へと進行するのが一般的である。7年間もお元気で過ごされていたのにも驚いた。テレビには怒鳴っておられる姿が映っていた。取材中にタイミング良く、怒鳴られたものである。しかし怒鳴る理由が私たちにも理解できるのである。これは、私のように癇癪持ちという。認知症の易怒性は、大抵の場合、その理由を私たちには理解できない。便秘でお腹が張って、不穏になったりするので、精神的におかしくなったら、食事の状況、皮疹の出現、排尿・排便状況を詳しくチェックする。浣腸で治るということをよく経験するからである。施設に行きたくないと怒っておられたが、ご夫婦で講演に出掛けるのは問題がないとのことであった。認知症の初期の症状は、社会生活でトラブルを犯すことである。進行すると社会や周囲の人たちに対して無関心になるのを特徴としてあげることができる。講演に出掛けられるとのこと、社会にまだ興味を持っておられるのであろう。言語的コミュニケーションも人物認識もさほど侵されている印象はなかった。7年経過した認知症に特徴的な症状を、テレビで映った範囲では指摘出来なかった。極めて非定型的な症例であろう。
 53歳の時の認知症の診断は、鬱状態を認知症と誤診された可能性が否定できないと感じた。その後、認知症だと思い込み、それから抜け出せないで苦しんでおられるのではなかろうか。ともあれ300万人いる認知症患者の中でも、極めて非定型的な経過を取った、臨床的に稀な若年性の症例である。御夫婦で講演をされておられるようであるが、このような非定型的な経過を示す症例の体験談をいくら聞いても、認知症患者を抱える人たちには、何も役立つ情報は得られないであろう。患者さん自身も、脳活性化リハビリに取り組み、集団生活に溶け込む努力をする方が遥かに穏やかに認知症生活を送れるであろう。何か別な理由があって、非定型的な経過を示す症例として、認知症専門医が教材として使っているのか、薬を飲めば進行を遅らせることを示せる好都合な症例として製薬会社が重宝がっているかのいずれかであろう。悲しい。
 オーストラリアの女性閣僚が、40歳代で認知症を発症し、彼女の手記によって認知症患者は深い喪失感と焦燥感を持つことが明らかになった。そして喪失感と焦燥感は認知症の初期症状の一つと信じられるようになった。O氏も強い喪失感を訴えられていた。私は認知症患者をお預かりするとき、気が付かれた初期の症状を家族から聞くことにしている。彼女のような喪失感や焦燥感を持っている例にお目に掛ったことがない。経験不足なのであろう。早期診断という国の方針に従って、認知症専門医は焦燥感や喪失感は認知症の初期症状であると講演するようになった。そして薬屋はその講演をサポートしている。何か下心があるのであろう。
 私はこのような喪失感や焦燥感は認知症を疑うより、うつ病を疑った方がいいと考えている。ある専門家に、本当にこのような感情が認知症の初期症状と言えるのですかと質問したら、そういえば「私も毎日このような感情で生きています」と正直に答えられた。認知症と診断されて入所した患者に抗うつ薬を投与したところ、元気になられる例はあるのである。
 O氏の現在の精神状態や脳の画像所見を是非知りたい。そして最後に、O氏が子供たちの遊ぶ公園に出掛けて「みんながニコニコしているのが一番いい」と呟く姿が放映された。発病して7年後に、周囲に関心を持ち、かなり知的な発言をする認知症患者を診た経験も全くない。何かキツネにつままれた心地がした。
 このような番組が放映されるのは、認知症がまだ医療で対応できるレベルにまで解明されていないからであろう。専門医が血液学を専門とする私でもおかしいのではないかという講演をされる。これでは認知症患者は浮かばれない。勿論、認知症患者のために最も貢献している介護士には発言の機会が与えられていない。一体、テレビディレクターは何を取材して、何を目的として番組を作っているのであろうか。認知症専門医は何を啓蒙したくて講演に忙しいのだろうか。まだまだ指摘したいことはある。品を落とすばかりで、悲しいから止めておく。
 こういうことを2年以上書き続けてきた。相変わらず心あるご意見が頂けない。嘘を書くなという厳しい指摘でもいい。何も知らないで、でかい口をきくなというお叱りでもいい。専門医からも、認知症家族の方からも。認知症の医療現場は荒廃したままである。
 認知症専門医よ!認知症進行遅延薬を出している製薬会社よ!もっと真面目に患者に役立つ認知症治療現場を作ろうではないか。
 「老人医療のイロハ」に載せるつもりである、手作りの「認知症診断と治療の覚書」が手元にある。ご希望の方は直接小生までご請求ください。

Commented at 2010-07-20 22:56 x
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Commented at 2010-07-21 15:31 x
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Commented at 2010-08-19 15:59 x
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by rr4546 | 2010-07-20 14:01 | 医療関係 | Comments(3)