医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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よき高齢社会のために  No.31  老人ビジネス No.3 2010年問題

 「Medical Tribune」という医師向け週刊情報誌がある。役立つことが多いので愛読しているが、手元にある5月6日発行号を開くと最初のページに「いま、新しい2型糖尿病治療が始まる」とうたって、SU薬との併用で重篤な低血糖発作を起こしたとマスコミなどでも伝えられたDPP-4阻害薬の全面広告が2ページにわたって載っている。そして各ページに新しい降圧剤と銘打って1.親和性ARB/持続性Ca拮抗配合剤R(2ページ)、2.持続性ARB/利尿薬合剤P(2ページ)、3.選択的ARB/持続性Ca拮抗薬合剤E、4.高親和性ARBO、5.持続性ARB/利尿薬配合剤E、6.胆汁排泄型持続性ARBM、7.世界初選択的アルドステロンブロッカーS、8.長時間作用型ARBI、9.持続性Ca拮抗薬/HMG-CoA還元酵素阻害剤Kと最近大手の製薬会社が販売に力を入れている9種類の降圧剤の宣伝が載っている。高名な大学教授が顔写真入りで「・・・は優れた治療選択肢の一つと言えます」と宣伝に一役買っている。素人の方が見たら次々と新しい治療薬が市場に出て患者の福音となっていると思われるであろう。
 ただ糖尿病領域も高血圧領域もこの十年間、新しい機序の新薬は今回副作用騒ぎのあった糖尿病治療薬DPP-4阻害薬と高血圧治療薬レニン阻害薬だけである。10年振りに上市された薬のことについては後述する。
 ともあれ数十ページの医療週刊情報誌のほぼ各ページに新薬と称する降圧薬の宣伝が踊っている。高血圧患者が巷にあふれているので、高血圧治療分野は製薬会社にとって魅力的なビッグマーケットなのであろう。患者さんがみたら新しい治療薬を、自分にも早く処方されればと思うかもしれない。いや臨床の現場、特に名の通った大病院では上に紹介した薬がもうすでにかなり広く処方されている。
 しかしこれも素人の方が聞いたら吃驚されるであろうが、ここに紹介した9種類の降圧剤は新薬ではない。実は高血圧治療薬は高血圧を招来する機序がほぼ解明された数十年前にその成果をもとにして、すべての機序を介する高血圧治療薬が開発された。RA系と呼ばれる血圧維持機構のあらゆる段階の阻害薬、血管の収縮に関わるCaに対する阻害薬、交感神経を遮断するブロッカー、循環血液量を減少させる降圧利尿剤とあらゆる機序を介する降圧薬が市場に出された。血圧を下げるだけでは優劣が決め難いので、今は血圧を下げることと心、腎ときに脳の臓器保護作用を持つかどうかが競われて、熾烈な販売競争が繰り広げられている。私が医師になったころは副作用があって現在は使われていないレセルピン、アルドメット、そして今でも使われている降圧利尿剤フルイトランしかなかったことを思えば今の降圧剤隆盛の時代は隔世の感がある。
 既存の作用機序の違う薬を抱き合わせて新薬として売り出す。おかしな現象が出てきた背景には2010年には降圧薬のほとんどが特許が切れることがある。特許が切れれば安い後発薬が出て先発薬を開発した製薬会社の売上を打撃する。特許が切れれば後発薬に売り上げが奪われる。そこで考え出されたのが作用機序の違う薬の合剤を新薬として売り出すことであった。いや私はそう理解していると言った方が正しいかもしれない。
 作用機序が異なる薬を従来は症状に合わせてきめ細かく処方していた薬を合剤として一薬にした。私のようなものは朝方高血圧には夜に投与したり、降圧利尿剤のような降圧薬は夜間頻尿を招くことがあるので朝方に投与しているが、合剤は患者ごとのきめ細かいさじ加減は許されない。こちらだけの作用機序の薬を半分にしたいと思ってもできない。合剤はそういう意味でもまことに使い勝手の悪い薬であるが最初に紹介したように広く臨床医に読まれている医療情報誌にこれこそ新しい画期的な降圧剤とうたって宣伝されている。
 合剤を推奨する高血圧の専門家のコメントを見ると驚く。日本人は食塩摂取が多くて高血圧になっている症例が多い。降圧利尿剤で食塩を排泄させるこの合剤こそ日本人に最適な薬であると解説している。フルイトランという降圧利尿剤は新薬の20分の1くらいの薬価で、高血圧による合併症の防止効果も高く今でも世界中で広く使われているが日本の大先生たちは、フルイトランはインシュリン感受性を低下させて糖尿病を誘発する、フルイトランは尿酸を上昇させて痛風を引き起こすと説いて、わが国の高血圧治療現場からフルイトランを追放した。しかしそのフルイトランが合剤として登場するとNaを排泄させるので日本人に最適な降圧剤と評価される。冷たい目で見られていたフルイトランも事の次第に驚いているであろう。
 いやいや今回は2010年問題について論ずる予定であった。2010年問題とはビッグマーケットのある降圧薬、糖尿病薬、抗コレステロール薬のほとんどが2010年までに特許切れになることを指す。そして2010年に迎える特許切れ対策が製薬企業の焦眉の問題となっていることを言う。2010年問題を解決するために特許切れの作用機序の違う薬の合剤が新薬として登場するとの面妖な事態が出現した。なんとも厄介な2010年問題である。
 特許切れの薬を合剤にして新薬として販売するもう一つ理由がある。それが「2010年問題」と呼ばれる本質かもしれない。実は製薬業界は糖尿病、高血圧そして脂質異常症と莫大なマーケットを持つ領域で、実に勤勉に医学的成果を取り入れて現在考えられるあらゆる作用機序をもつ薬を作り出した。以前は特許切れになるころは次世代の薬を世に問うことができた。しかし成人病関連の疾患で今後特別なブレイクスルーがなければ新薬が出ないというのが専門家の予測である。彼らは10年前以前に考えられる薬を開発し尽くした。特許が切れるが新しい薬の開発の方向性が見えない。製薬業界はこのようなジレンマを抱えて2010年を迎えた。この製薬業界の八方ふさがりの状況を2010年問題という。特許切れの薬の合剤で新薬の装いをするような販売戦略を思いつく賢明な会社人間もいるのである。
 こういう高価な薬の販売を老人ビジネスと呼ばないわけにはいかない。私たちは不必要な薬代を払わなければならないのだから。
 さらにわが国にとって由々しき問題は、2,3種類の薬を除いて他の薬は外国の製薬会社の開発した薬ばかりを取り扱っていることである。日本の大手の薬屋は製造販売と称しているが自社製品を殆ど持たないで2010年を迎えなければならない。わが国の製薬会社の売上高は1、2社を除いて、外国製の薬の売り上げで営業利益を上げている。世界のトップ製薬企業は自社開発の薬を、日本の大手に分散して販売させて、売上高が自社だけに偏らないよう実に巧妙な販売戦術を取っている。薬代の多くは日本の製薬会社に入るより外国企業の製薬会社に入っているのではないだろうか。その実態は私のような門外漢にはよくわからないが、日本発の薬で莫大な利益を上げたのは降コレステロール薬であるスタチン製剤とインシュリン抵抗改善薬チアゾリジン誘導体だけであろう。その他の薬は自社開発をうたっているが基本特許は外国企業にあるか、日本だけで販売されている薬だけである。外国で薬効を調べたら効果が認められなかったという薬である。私たちは特別な体質を持っていて、外国人には効果がないが私たちにはよく効く薬があるのであろう。
 日本は携帯電話でもみられるようにガラパゴス進化と言って世界標準を目指さないで、日本独自の発展を遂げてきた。製薬業界についてはガラパゴス進化どころか、外国企業の開発力を頼りに、生き残りを図っているように見えなくもない。この儲けが日本独自の進化のために使われていれば私たちも忍耐を持って彼らの出す成果を待つべきであろう。ただ私からみると得た利益を新薬開発に投資しているかどうか疑わしい。変な所に使いすぎている。いや新薬の開発は前にも書いたようにここ当面はないというのが専門家の見たてである。ビッグシェアを占める新規薬は出ないだろうとの大方の見方を乗り越える体力がわが国の製薬会社にあるようには思えない。
 貴重な薬を開発すると称して提携先の同業者の薬を売って利益を上げているのを敢えて老人ビジネスの一つと呼びたいと思う。老人の杞憂を言い添えておく。現在提携先企業の薬で莫大な利益と税制上の優遇処置を受けているわが国の製薬会社は、近い将来特許料が得られる新薬ではなく、後発薬の製造・販売で生き残るか外国企業の代理店になる道を歩いているように見えて仕方がない。
 今回は2010年問題と言って2010年に多くの有用な薬の特許が切れることと、当面新規の薬は登場しないということを紹介した。このような状況ではちょっとした衣替えで新薬まがいの顔をした薬が市場に出てきて、油断をすると高価な薬を飲まされる羽目になる可能性があることを指摘した。将来性のないビジネスに貴重な医療資源が使われるということが起こりうる。老人をターゲットにしたビジネスの本態を見抜く眼力を養わなければよき高齢社社会を作るのは夢のまた夢であろう。私たちはよほど賢くならないと豊かな老後は迎えられないと思う。
 品のない話で申し訳なかった。
続く
 新薬でなぜ副作用が出るのか?

by rr4546 | 2010-05-15 08:11 | 医療関係 | Comments(0)