医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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1 Acetylcholine欠乏やグルタミン酸過剰仮説はAlzheimer型認知症の認知障害の臨床症状を説明できるか?
7月10日付の日経メディカルで、小崎丈太郎記者が老年学会で「ポリファーマシーが認知症を複雑化させている」との発表があったとの報告をした。抄録を読んでいたが、聞き忘れた。早速記事を自分のFACE BOOKにシェアして以下のコメントを載せた。「認知症の治療」の前文にふさわしいと思い、まずそれをここに転載しておく。そして標題1の日頃思っていることを書く。
Polypharmacyが認知症を複雑化させているのではなくて、アセチルコリンを増やし(アリセプト、レミニール、リバスタッチ)たり、NMDA受容体に乖離することなく結合して、Ca+流入やグルタミン酸の働きを阻害する(メマリー)などの抗認知症薬が、認知症の臨床症状を複雑化させている主たる、いや唯一の原因だと思う。やぶ医者の私は5年以上前からこのことを指摘している。投与して認知機能改善効果がみられた経験はない(CIBICの成績と同じである)が、不穏、傾眠、眩暈、何とはなく頭が可笑しい、頻尿、徐脈などの患者を苦しめる症状は、認知症の増悪と診断されているが、抗認知症薬を中断すればほとんど軽快する。薬害である。認知機能の改善効果がないと第2相試験で出ている少量で認知症を治療している実地医家は多い。薬の副作用が取れたことを効果・効果とはやし立てているだけである。認知症の認知障害を来す原因がアセチルコリン欠乏仮説や、グルタミン酸過剰仮説で説明されているが、大部分は広範囲に変性・死滅した各種の機能を持つ脳細胞の機能不全によると考える理由をおいおい紹介する。認知症の認知障害の発症機序に対する薬屋に都合のいい,本質からずれた仮説は整理しなければならない。こういう仮説が専門医の間で十分議論されないで、当たり前のこととして、高邁な話が交わされているのは患者迷惑である。Iatrogenicに起因する患者の不利益に対して、専門医はどのような感想を持っているのであろうか。気付いていないか?」
続く。


# by rr4546 | 2018-07-11 03:43 | 医療関係 | Comments(0)

614~616日の3日間、京都で日本老年医学会が開催された。長丁場の上に、特別講演3題、教育講演18題、一般講演数百題と盛りだくさんで老いぼれが通いつめられる会ではない。

高齢者のcommon diseasesである糖尿病と認知症の治療について何か参考になることがあればと老体にムチ打って京都国際会議場に出掛けた。残念ながら、実際の患者の診療に役に立つ情報はあまりなかったというのが正直な感想である。専門家たちの興味が実地診療の充実という観点を欠いているためなのか、貴重な話を眠り込んで聞き落したのかどちらかであろう。

そこで糖尿病と認知症の治療についてもっと議論されるべきではないかと日頃感じていることをこの機会に書き残しておきたい。

高齢者の糖尿病のわが国の治療目標は資料1に示すように、患者の特徴・健康状態(認知機能やADLで評価)やインスリンやインスリンを分泌させる薬の投与群とそれ以外の群とを分けて目標とするHbA1cが決められている。多分多くの実地医家がこのガイドラインを参考にして高齢者糖尿病治療を行っているであろう。

本年3月、資料2で示すように米国内科学会(ACP)は、プライマリケア医向けの成人2型糖尿病の治療の指針を権威ある医学会雑誌に公開した。

1 薬物療法の恩恵と害、患者の希望、全般的な健康状態、平均余命、医療費負担などを医師は患者と話し合った上で、血糖値の目標を患者毎に決めるべきである。

2 妊娠を除くほとんどの成人2型糖尿病患者のHbA1cは7~8%を目指すべきである。

3 HbA1c6.5%未満の場合は、薬物療法の緩和を検討すべきである。

4 80歳以上の高齢者、介護施設の入居者、慢性疾患(認知症、癌、末期のCKD、重症COPD、うっ血性心不全など)により、平均余命が10年未満の患者に対しては、合併症を最小限にする治療を行うが、HbA1cの目標値は設定しない。

このガイダンスが出ると、直ちに米国糖尿病学会はHbA1cを7%未満にすることは、糖尿病合併症を減少させるとのエビデンスがあり、ACPのガイドラインには問題があるとの深い憂慮を表明した。大いに議論して、医学的に正しい最善な糖尿病治療目標が決められることを期待したい。

一方わが国の高齢者糖尿病治療指針を出した専門医たちは、1 HbA1c6.5%未満の場合は薬物療法の緩和を検討すべきである 2 80歳以上の高齢者はHbA1cの目標値を設定しないとの、自分たちの示している治療目標と全く異なる見解が権威ある内科医学誌に出されたにもかかわらず、自分たちはなぜ彼らと異なった見解を勧めているのかについての説明をしない。いや発信しているけれども、私がそのあたりの事情に疎いのかもしれない。

念のために日本糖尿病学会のホームページを訪ねたが資料1で示した高齢者糖尿病患者のHbA1cの目標値が公開されていて、それと違った見解があることについて全く触れられていない。勿論ACPに対する異議申し立てのようなアクションが取られた気配もない。

高齢者糖尿病患者を多く診ているわが国の実地医家たちは、ACPが出した指針を無視して、日本糖尿病学会と老年医学会のジョイントで出された資料1のガイドラインに従って高齢者糖尿病の治療に当たればいいのであろうか。

実はACPのガイドライにほぼ対応する高齢者糖尿病治療指針は、わが国で10年以上前に東京都健康長寿医療センター理事長井藤英喜博士が出しておられる。井藤博士の示された高齢者糖尿病治療目標に準じた、高齢者糖尿病患者の治療目標とするべき血糖値とHbA1cの私案を拙著「症例から学ぶ高齢者疾患の特徴とその対応」の補遺として20161月に公開した(資料3)

なぜわたしがACPの指針を参考にするべきと考えるかについての根拠を書いておきたい。

わたしが診る多くの高齢者糖尿病患者のHbA1cは特別な症例を除いて、6%を少し上回る程度でcontrolされている。

多分50歳以上の年代の実地医家は、目標とする糖尿病のHbA1c5.8%以下であると教えられて診療に当たっているからであろう。わたしもそういう教育を受けて診療に当たっていた。ただこの値は現在使われている国際標準のHbA1cの値より0.4%低い日本標準から導かれた値で、以前の糖尿病を疑うHbA1c 5.8%は現在では6.2%に相当する。

HbA1cが日本標準から現在の国際標準に変更された時、学会から繰り返しHbA1cの測定法が変更になり、値の解釈に注意するよう勧告が出されたが、多くの実地医家は現在出されているHbA1cが国際基準による新しい値だと理解しなかった。命を預かる糖尿病を診療する医師の間で、そんな馬鹿な誤解が今でもまかり通っている理由は色々あるが、一つの原因は、HbA1cの検査機関から返される検査データのHbA1cの項目を見るとよく分かる。測定法が変更になり従来より0.4%高い値で出たデータにも拘らず、正常値は4.8%~5.8%と以前の方法で測定して求められた値が記載されている。いやわたしが利用する検査センターの報告書にこれが書かれているだけかもしれない。

従って主治医、いや患者自身もHbA1c測定法が国際標準に変更後も自分の目標とするべきHbA1c値は5.8%以下と信じて疑わない。面妖なことがおこった。

HbA1cが6%くらいで、鬱に近い精神的に不活発な高齢者糖尿病患者がいるはずである。

そういう初歩的な誤解がまかり通っている実地診療の現場にわが国の高齢者糖尿病の治療目標が持ち込まれた。7%未満や8%未満という値が躍っていることに気が付く。何%以下にしてはならないという勧告は皆無である。

APCの勧告のようにHbA1c6.5%以下になれば、薬物療法の緩和を検討するべきであるとの類の説明は全くない。薬を中止することも考慮するべきであると記載すると、どこかに義理が立たないかのような遠慮がみられるように思う。

血糖を下げれば下げるほど、体にいい。The lowerthe better信仰がまかり通るはずである。砂糖を常時もって糖尿病治療に励んでいる多くの高齢者糖尿病患者がいる。嗚呼!

「そんなことまでして血糖をcontrolしても体にいいことはないですよ」と話しかけようものなら、こちらの信頼は完全に失われる。

今治療を受けている高齢者の糖尿病患者で最も注意すべきことは低血糖発作の誘発であることは色々な専門機関から指摘されている。APCはこの事態を深く考慮して出されたのだと思う。APCのガイドラインを参考にしないで、わが国のように目標値、しかも上限だけを定めて下限を設けないガイドラインに準じると、治療目的もはっきりしないまま勧告された値を達成するだけの治療がまかり通る面妖な事態が招来されると思う。

治療という名の下で、低血糖発作を引き起こして、高齢者糖尿病患者を大いに苦しめている可能性すらある。

持続性グルコースモニターで糖尿病治療中の患者の血糖をfollowすると今まで考えられていた以上に低血糖特に無自覚性低血糖があることがわかってきた(麻生好正:第61回日本糖尿病学会発表)。低血糖を繰り返すと認知機能障害や不整脈や心筋梗塞そして脳梗塞の原因になることがあると指摘されている。高齢者が罹ったら、大変な不利益を被る。

薬を飲んで低血糖による臓器障害を招く事態が起こっているとすれば、わが国の高齢者糖尿病治療ガイドラインがその責任の一端を負わねばならないであろう。ばかげた話である。

HbA1cは糖化されたヘモグロビンの値を見ているので高い低いといっても、1から2か月の間の血糖の平均の推移を見るだけで、今治療するべき高血糖や低血糖があるかは全くわからない。HbA1cだけを目標としていると、すぐにでも対応するべき低血糖や高血糖があるかどうかに無関心になる。血糖を自己測定していても、長い罹病期間を持つ患者は自律神経系の自覚症状がなければ80mg/dlより低い血糖値でもあまり注意を払わない。いや高齢者は低血糖発作を自覚しない場合も多いことがわかっている。

治療中は1~2か月前の血糖の動きを見るHbA1cだけではなく、目標とするべき血糖値も記載して、現在の治療で低血糖のようなことが起こっていないかどうかも注意深くチェックできるようなガイドラインにするべきであろう。そのために高齢者糖尿病の治療目標をHbA1cだけではなく血糖値も含めて示したのが、資料3に示した私案である。目標とする食後2時間後の血糖値を280mg/dlとすると、多くの実地医家は何を馬鹿なことを言っていると反発を抱かれるであろう。ただ2012年や2013年のガイドライを参考にして、血糖管理を穏やかにするという方向で血糖値をみると、あながち突拍子もない値とは言えない。血糖値が150mg/dl前後であった患者が、治療を緩徐にして2時間後の血糖値が250mg/dlになると、活気にあふれ社交的になられることがよくある。勿論300mg/dl以上になれば高血糖による脱水や糖尿病性アシドーシスの発症に注意しなければならないことは言うまでもない。

外来でfollowする場合でも空腹時と食後2時間後の血糖を測定して、望ましい血糖が維持できているかの注意深い観察をして糖尿病患者を治療できるようにするのが望ましいガイドラインであろう。HbA1c5.8%以下という信仰がある同じように、血糖値が150mg/dlを超えると大変だ大変だと騒ぎ立てる状況を放置するべきではない。

食後の血糖も上がらない状態でfollowすると、HbA1cはガイドラインの勧める値におさまるが、生きているかどうかもわからない無気力な状態を招くこともあるであろう。治療しているのに、一層患者に不都合をもたらしていることがある。

そういう場合は疲れると甘いものを取りたくなる、それは血糖を上げて体全体の代謝を活発にさせて、気分を明るくさせるためである。高齢者もある程度の血糖を維持しなければ、生きている心地がしなくなると説得して、糖尿病治療を緩徐にしている。そのための指針がAPCの勧告である。

わが国のガイドラインに従うと、HbA1cを下げることだけに傾注する治療がまかり通る。治療のつもりで、患者に別な不都合を引き起こしている可能性の高いことは極力避けるのが医療者の務めであろう。

先生のところで薬の処方が減っているのでよろしくとMRに嫌味を言われるくらいは我慢しなければならない。

高齢者糖尿病患者は眼底検査を定期的に行いretinopathyの増悪がないかどうか、アルブミン尿症などの腎機能の低下がないかどうかを調べると、40代から60代の糖尿病患者に見られる糖尿病合併症は意外に少ないし、急速に重篤化する症例は少ない印象を受ける。高齢者糖尿病患者の糖尿病合併症はどのような特徴を持つのか、どのような転帰を呈するかのデータが専門医たちから出るのを心待ちにしている。高齢者糖尿病患者を診ていると壮年期と明らかに違う糖尿病性合併症の転帰がある。

高齢者糖尿病の治療目標はただ単にHbA1ccontrolすることではなく、限られた余生を患者が穏やかで、仲間と楽しい時を過ごすことにできるような工夫をすることであろう。

ACPのガイドラインを老年医学の専門家たちが議論する話が聞きたかった。

後半は認知症患者の治療目的や抗認知症薬の投与目的について学会場で考えたことを書いておきたい。

資料の削除機能の操作がわからない。二重の資料添付で見苦しい点ご容赦を。久しぶりにBLOGを書いたのであれもこれもチンプンカンプンである。

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# by rr4546 | 2018-06-23 13:42 | 医療関係 | Comments(0)
0年前に「メディカル朝日」に書いたー本人は全く記憶していないー、高齢患者と接する心構えについての私の短いessayを、あたらしく上梓する小堀鷗一郎先生著「死を生きた人々」のなかで引用したいとの連絡をみすず書房の編集部から受け取った。
高齢患者を診る態度は今でも全く同じであり、引用の同意書をよろこんで送った。拙著「症例から学ぶ高齢者疾患の特徴とその対応」に記載した抗認知症薬の副作用について4,5回引用の依頼があったが・・・。Essayの依頼は初めてである。
それにしても、10年前に書いた当の本人も忘れていた原稿を手もとにおいていただき、本年5月に出版する本の中で全く面識のない小堀先生が蘇えさせてくださる。有難いことである。
思いつくままこのBLOGに書き連ねた「認知症や認知症治療」の原稿もいつの日か誰かが光を当ててくれれば認知症にまつわる諸問題の解決の一助になるのではと夢想した。
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# by rr4546 | 2018-04-28 18:19 | 医療関係 | Comments(0)



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中尾實信先生が最近上梓された「小説木戸孝允―愛と憂国の生涯」上巻をAmazonを介して送って下さった。上巻と銘打ってあるが796頁のずっしりと重い大作である。いずれ出る下巻と合わせると、最近あまり手のすることのない長編作品を読む機会が与えられるのであろう。楽しみである。

中尾先生は30数年以上前、私が神戸大学病院に赴任した当時すでに血液学で多くの業績を上げ、神戸大学第二内科の助教授を務めておられた。血小板・巨核球関連の研究に携わっていた私は、先生が持っておられたK562という白血病細胞株を分けていただいて、巨核球の分化や巨核球白血病の性状解析の研究で院生とともに原著英文論文を30編くらい書き上げた。小生の研究生活での恩人でもある。

当時からいかにも俊秀で学者然とされていたが、すでに忙しい臨床や研究生活の合間に長編小説を上梓されていた。当時は研究生活一筋の先生と敬愛させていただいていたが、先生の初期の代表作である半自伝的な「静かなる崩壊」を読んで、先生が大学病院での研究だけでなく、文学にも非凡な才能をお持ちであることを知って、驚かされ、その後先生の作品は必ず読んでいる。どの作品も読み終わった後に、一段と深い世界に導かれたとの満足感が与えられ、先生のファンと言ってもいいであろう。

先生は読者を飽きさせることなく、引き込ませる流麗な文体をお持ちだけではなく、構成も見事で、素人の私が言うのも説得力がないが、現代活躍するわが国の長編作家の5本の指に入るお一人だと思う。

「小堀遠州」では茶の湯、庭園造りや和様建築という日本固有の文化の草創に深く寄与した遠州を見事に描き上げられた。二条城の近くに住む私は先生の作品を手引きにして日本文化の神髄に触れようと今でも庭園などを訪ねている。

「森鴎外」では明治という新しい時代を作るために、選ばれた秀才たちがヨーロッパで何を学び、何をわが国に持ち込んだかについて多くを学ばせていただいた。秀才たちの人間臭いエピソードだけでなく、鴎外の初恋についても瑞々しく書き上げられた。

買い込んだ本はいくら感銘を受けても、処分することにしている。数年前、愛読する本が二部屋にも溢れかえり、本に押しつぶされそうになりいくら思い出深い本でも、断捨離よろしく処分することにしているが、中尾先生の本は唯一残した本箱に残っていた。

「木戸孝允-愛と憂国の生涯―」の表紙とともにここに残しておく。トリミング技術が十分ではなく見苦しいが悪しからず。「木戸孝允」の最初のページに中尾先生の思いを込めた献辞が挙げられている。

「人は煩悩の器であり

病の器でもある

誰しも

生き抜くことは難しい

ましてや

美しく生きることは

至難の業である」



# by rr4546 | 2018-03-30 17:30 | その他 | Comments(0)
19日第13回目の絵画教室をしました。今回はお人形さんが画材です。1年ぐらい続けたおかげで、患者さんの病状の特徴がよく理解でき、認知症学の知識が深まりました。認知症医療を卒業できそうです。
今日は講師の稲本ご婦人が彼らの作品についてコメントしたことを記録しておきます。
画材を与えて自由に絵を完成させることは、塗り絵に色を付けるような想像力のない単純作業より、患者の創造力を刺激して、患者の取り組む姿勢が前向きにする。ボケると、単純な計算、単純な文章の朗読、塗り絵が脳トレになると主張する脳科学者がいますが、彼の主張は絵画教室から学んだことから必ずしも正しくないのではと思いました。ボケた人にも創造力を刺激する課題を考えて取り組むことの大切さを再認識しました。
作家仲間の作品は、競争と嫉妬の渦巻く生臭い世界で火花を散らすらしいのですが、ボケ爺さんボケ婆さんは隣の人の作品の出来栄えに全く無関心で、自分の絵に集中して、描く色が純粋で美しいとお褒めの言葉をいただきました。確かにどの作品をとっても色彩豊かです。
ボケても介護が適切に行われれば、患者は赤ちゃんのように老いていくとの私の思いが再確認できました。

# by rr4546 | 2018-02-23 13:19 | 医療関係 | Comments(0)