医療に関する意見、日本人のあり方に関する意見


by rr4546
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よき高齢社会のために  No.24  死に方 No.3 人工呼吸器装着の適応

 手術等のために全身麻酔薬や筋弛緩薬を投与して自発呼吸を止める際あるいは脳出血などで呼吸中枢が侵されて自発呼吸のない患者に肺に機械的に酸素を送るために人工呼吸器を取り付ける。完全に機械的に呼吸管理ができる。ただ人工呼吸器は呼吸が抑制されればどのような症例でも取り付けるための生命補助装置ではないことを指摘しておきたい。人工呼吸器は容態が安定すれば機械を借りないで自発的に呼吸ができる患者さんの呼吸を一時的に助けるために開発されたものである。従って手術場では必須の医療機器である。麻酔から覚めた患者は人工呼吸器なしで呼吸をしている。自発呼吸が将来全く期待できない患者がたまたま呼吸状態が悪くなったからといって呼吸器を装着していたら、本来使えば救命できる患者の人工呼吸器の確保ができない状況が生まれるであろう。実際早晩基礎疾患で死ぬと話し合い、意味がないと感じながら人工呼吸器の管理をしなければならないことは医療の現場で日常的に起こっている。
 繰り返すが人工呼吸器は外してもいずれ自発呼吸が期待できる症例に限り使われるものであることしっかりと理解しておかなければならない。ここが重要なポイントである。残念ながら人工呼吸器の適応について丁寧に論じられることは少ない。
 射水市民病院の場合はどうであろうか。いずれもがんの末期患者に人工呼吸器を取り付けて、家族の合意のもとで取り外しその後心停止をきたした。事件の顛末はマスコミを通して得たものしかなく、詳細についてはわからないが。そして「心停止前に呼吸器を外せば患者が死亡するのは分かっていた。現行の法体系では殺人罪に問わざるを得ない」との理由で殺人容疑で県警から書類送検された。
 がんの末期で呼吸が抑制される理由は色々あるが、がんの脳転移により、呼吸中枢が侵される場合、気道を圧迫するがんの腫大が認められる場合、がんが肺野全体に広がり十分な換気が行われない場合、がん性胸膜炎で胸水が貯留し呼吸を圧迫する場合そして末期がんで全身衰弱が進み自発呼吸が困難となる場合等が考えられる。これらの病態でも例えば胸水を除去すれば呼吸は元通り可能になり人工呼吸器を装着しなくても呼吸状態を改善できる。がんの末期でも人工呼吸器を装着して呼吸を確保する必要がない例は結構ある。
 そうすると今回の呼吸器を装着した末期がん症例はいずれも、現代医学では何もしてあげられない、しかも厄介なことに必ず増悪していく末期がんに起因した自発呼吸の障害に対して、自発呼吸が元通りになることを余り期待しないで苦しそうだからといって呼吸器を装着した例が多いように感じる。そして外され、聞くだけでも恐ろしい罪名・殺人容疑で書類送検された。幸い起訴猶予ということで立件はされなかったが、送検された市民病院の外科部長二名は職を追われた。公立病院に勤めたことしかない私の経験からいえば、さほど経済的にも恵まれなかった公務員の医師がかなりの年齢で職を追われるということは、経済的に大変なことではなかったかと同情する。
 世間では人工呼吸器を外したことばかりが論じられていた。末期がんの最終イベントは多臓器不全など色々あるが呼吸が抑制されて徐々に死に向かうことも多い。このとき医学的に厳密に検討するべきは一過性に呼吸を確保すれば、安定した呼吸が将来確保できるかどうかである。人工呼吸器の適応があるかどうかである。意識があれば患者本人ともあるいは家族とも一過性に呼吸を確保することの医療的な意義について深く話し合わなければならない。将来自発呼吸ができないけれど人工呼吸器を取り付けて延命を希望する患者もいれば、希望しない患者もいるであろう。そして私たちは患者の希望に沿って最善を尽くす。
 外したことを喧々諤々と論ずるべきではなく、今回のがんの末期患者に人工呼吸器の装着をする医学的な適応があったかどうかについて真面目に論じられなければならなかった。
 人工呼吸器を外すことが殺人になるかどうかを問うのではなく、人工呼吸器が外せる状況を想定して人工呼吸器を装着したかどうかを厳密に検討するべきであった。担当医師は外すことを決断したのだから、その時点で人工呼吸器の適応がない、他の言葉でいえば基礎疾患のがんは進行してそれに対する医学的対応がないので、進行したがんに起因した呼吸抑制は回復の見込みがないと判断し、抜管したのであろう。適応を正しく判断したという観点からいえば、二人の外科部長は医師として立派に勤めを果たしたと想像できる。しかし殺人容疑で取り調べが行われた。不幸なことである。
 今回は触れないが患者のQOLを維持するために患者の命をちじめる治療がスタンダードになっているがん疾患もある。
 勿論がんの末期でも肺炎を合併して肺炎による呼吸不全を乗り越えればより長い予後が期待できる場合に基礎疾患が基礎疾患だからといって人工呼吸器を装着をしなければ、医療ミスとして責任が問われることは言うまでもない。
 高齢者で肺炎などのような治療可能な疾患ではなく、じり貧のように呼吸状態が悪化していく場合も人工呼吸器の装着の適応がないと私は考えている。ただ回復の余地がないけれども意識があるうちに患者自身が人工呼吸器で延命を受けるとの意思を表示していれば、それに従うことは言うまでもない。「死に方」の最後に意識がはっきりしているときに、どのような最期を迎えたいかを遺言しておくことが極めて重要であることを指摘する。不老不死が許されていない高齢者は特に。
 自発呼吸が期待できないが人工呼吸器を取り付ける特殊な例はある。現在根治治療のないそして病気の進行により呼吸ができなくなる筋ジストリフィー患者やALS患者に人工呼吸器を取り付けるべきかどうかについては今回は全く論じなかった。これらの難病患者に対する人工呼吸器の装着は全く別なロジックで考えなければならない。患者が希望すれば行うべきであるというのが私の立場であることを申し添えておく。
続く
胃ろう造設/b>
by rr4546 | 2010-03-02 14:11 | 医療関係 | Comments(0)